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■ 研究員ブログ61 ■ 東日本大震災を忘れない……原爆ドームの保存から

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2011年3月11日。

昨日の夜、冷たく強い風に吹かれながら家路を急いでいると、
4年前のあの日のことを急に思い出しました。

真っ暗な江戸川の堤防を埋め尽くした黙々と歩く人々。
川面を撫でた冷たい風を遮るものは何もなく、
疲れと寒さで何も考えられなくなっていました。

地震と津波の被害の甚大さを知ったのは、
繰り返されるテレビの中での映像でした。

実際に被害にあわれた方々が目にし肌で感じたものは、
僕の想像が到底及ばないものです。
遠くにいた僕が震災について何か言うのも躊躇われるほどに。

そうした震災の記憶を残す、という点において、
どこにいてどのような経験をしたのか、
何を見て何を感じたのか、などによって、
考え方が大きく変わってきます。

震災を忘れない、ということは
誰もが認めるところだと思いますが、
どのように記憶するのか、というのは
とても難しい問題なのです。

東日本大震災で被害にあった建造物を
モニュメントとして残すのか取り壊すのか、
地元の意見も分かれている、という報道をよく目にします。

震災の記憶を目に見える形で残したい、というのと、
目にすると辛い記憶が蘇るから取り除きたい、というのは、
どちらの気持ちも理解できます。

これと同じ議論は原爆ドームの保存を巡ってもありました。

戦後の復興の中で、街の中心部に残る原爆ドームを残すべきか、
取り壊して新しい広島として再出発すべきか、
結論が出ないまま街中に残されていました。

原爆ドームのアイコンとしての強さ故に、
どちらにも結論が出せなかったのでしょう。

そうした原爆ドームの保存が決まったのは、
終戦から21年が経った1966年のことでした。
反原爆の強烈なアイコンとして、
原爆ドームは「そこにある」ことが重要だと判断されました。

原爆投下から20年以上が経って、
原爆の被害が忘れられることへの危惧もあったのだと思います。

実際に原爆ドームを見上げると、
実物を見ることでしか感じられない
言葉を超えた何かが確かにあります。

原爆の被害と地震や津波の被害を同じに考えることはできません。
原発事故もあり「風評被害」への影響だって無視できません。

状況が同じではないこともわかっているし、
僕が何か言えることもないのですが、
「歴史を刻んだ実物がそこにある」ということを重視する
世界遺産の考え方から見ると、
震災の悲しみや怒りを伝える建造物を残すというのも、
よいのではないかと思っています。
実物にしか伝えられないことは必ずあるはずですから。
もちろん、全て残す必要はありません。

原爆ドームの保存決定にも20年以上かかったのですから、
東日本大震災をどのように伝えてゆくのか、
日本全体でしっかりと議論し考えていけるとよいですね。
東日本大震災を忘れない、という意味でも。

東日本大震災と原発事故で被害にあわれた方々が、
心穏やかに暮らせる日々がくるよう祈っています。