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■ 研究員ブログ138 ■ 保護すべきか活用すべきか、それが問題だ

このところ、世界遺産を含む文化財の活用ということがよく話題になっています。

最近のニュースだけでも、
『古都奈良の文化財』のバッファー・ゾーン(緩衝地帯)でのホテル計画や、
『姫路城』の三の丸広場のイベント貸し出し、
自然遺産では、「国立公園満喫プロジェクト」など、
文化財(自然遺産含む)を積極的に活用していこうという流れになっています。

背景にあるのは政府の「観光立国」の方針です。
安倍首相の2018年1月22日の施政方針演説でも、
文化財保護法を改正し、全国各地の文化財の活用を促進することと、
国立公園の美しい環境を守りつつ民間投資を呼び込んで観光資源として活かすことが
はっきりと述べられました。

観光というのは、天然資源の少ない日本にとって、
大きな可能性を秘めた、経済的な恩恵の大きな資源です。
僕は、文化財を観光資源として活用すること自体には賛成です。

国や地域を越えた観光活動は、
嫌だからといって避けることができないところまできています。
むしろ文化財を観光資源として考えて、
活用を含め積極的に考えることが求められています。

しかし、文化財の活用、というのは慎重でなければなりません。

昨年、山本幸三地方創生大臣(当時)が、
「観光マインドのない学芸員はがんだ」といった趣旨のことを発言したと
大きな話題になっていましたが、
最近の文化財の活用の流れの中で懸念される点が
この発言に集約されている気がします。

文化財というのは、現在を生きる私たちだけのものではなく、
しっかりと保護し次の世代へと引き継いでゆくものです。
それが文化財保護法の総則第一条にも書かれているように、
「国民の文化的向上に資する」ことになるのです。
国民は今の私たちの世代だけではないのですから。

ただ文化財の保護・保全には多額の費用がかかるため、
文化財を活用して社会的意義を高めることが重要になります。
特に日本のように湿気が多く、酸性の土壌で、多くの文化財が木造だと、
欧米の石の文化に比べて、保護・保全のための手間も資金も多くかかります。

そのため、観光資源として文化財を活用するのは、
「国民の文化的向上」と同時に「保護・保全費用の捻出」のためだと言えます。

しかし、先ほどの山本議員の発言などの一部にあるのは、
文化財の活用は海外からの観光客を招きいれお金を落としてもらう、
「経済最優先」の視点です。
そのため、文化財の保護を最優先する学芸員とは相容れず、
あのように表現してしまったのでしょう。

文化財保護法の総則にも「国民の文化的向上に資する」と並んで
「世界文化の進歩に貢献する」とあるので、
海外の方に積極的に日本を訪れてもらい、
日本の文化財に触れてもらうというのは、文化財保護法の理念でもあります。

つまり、日本の文化財行政では、
「文化財の保護」が最優先事項で、
「国民の文化的向上」と「世界文化の進歩に貢献」が目的、
「活用」というのはその手段に過ぎないものです。

「観光立国推進」という御旗の下で、
文化財の「活用」が経済最優先の視点で進められることを懸念しています。

日本の世界遺産条約の批准が遅くなった理由のひとつに、
文化財保護法の存在があります。

日本には有形の文化遺産も無形の文化遺産も、
共にかなり厳しく保護する文化財保護法があったため、
世界遺産条約による保護は重要だと考えられていませんでした。

今回、その文化財保護法が改正され、
多くの権限が各自治体の首長に委ねられるなど、
積極的に文化財の活用ができるようになります。

「観光立国」を目指す日本政府は、
IR推進基本法などに則って、マカオやシンガポールのように、
超富裕層の取り込みを狙っています。

環境省が進める「国立公園満喫プロジェクト」でも、
超富裕層向けの高級ホテルを誘致して、
日本の美しい国立公園の中で長期滞在してもらい、
多くのお金を使ってもらうことを目指しています。

これらは経済的な視点で考えると納得できます。
日本政府観光局の特別顧問になったデービッド・アトキンソンさんが、
何度も発言しているのも、ほとんど同じ内容です。
恐らく多くの自治体の首長は、経済的な視点での文化財活用を考えるでしょう。
彼らも選挙で選ばれる政治家なので仕方がない面もあります。

しかし、繰り返しになりますが、
これは文化財の保護の視点とは異なるものです。
世界に誇れるほどの文化財保護法が、
このような形で変質していってしまう危険性を感じています。

もしかしたら、頑な学芸員がいるのかもしれませんが、
文化財の保護・活用にとって問題なのは、
「観光マインドのない学芸員」ではなく
文化財の保護・保全に充分な予算を回せない日本の行政の方だと僕は思います。

以前見た各国の文化予算の調査では、
日本の文化予算額は、フランスの4分の1以下、韓国の2分の1以下で、
中国よりわずかに少ないといった金額でした。
日本では民間の財団などが頑張っているということもあるのでしょうが、
かなり残念な予算規模だと思います。

先にも書きましたが、文化財を活用していくことには僕は賛成です。
伝統的な家屋で結婚式とか素敵だと思います。
地方の寺院に宿坊とかあったら泊まってみたいと思います。

世界遺産条約の中でも、2章第5条で、
世界遺産に対して社会生活における役割を与えることが書かれているので、
文化財の活用を保護・保全のために進めていけたらよいですね。

勢いでタイトルをつけたので、
「保護」と「活用」が対立するような感じになってしまいましたが、
保護と活用の両立が目標です。慎重にいきましょう。