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■ 研究員ブログ140 ■ 太陽と月の大地:アルハンブラから長崎の潜伏キリシタンへ

今年はなんだか季節の移ろいが早い気がします。
その所為か、三月末の花呆けした頭のまま四月に入ってしまい、
気が付いたらもうすぐ四月も半ば。
今月末には、イコモスからの勧告がでるのでは?と思っているので、
もうあとわずかです。

先日、表紙に一目ぼれして『太陽と月の大地』という本を手にしました。
スペインのセビーリャで1939年に生まれたコンチャ・ロペス・ナルバエスが、
16世紀のグラナダを舞台に描いた児童文学です。
世界遺産のアルハンブラ宮殿やアルバイシン地区などが登場します。

長いレコンキスタが、15世紀末のグラナダ陥落で終わりを迎え、
キリスト教徒たちはようやくイベリア半島を自分達の手に取り戻します。
しかし、イベリア半島からイスラム教徒が全て追放されたわけではなく、
16世紀に入ってからも、カトリックの王朝の下で
キリスト教徒とイスラム教徒が共に暮らしていました。

もちろん、「イスラム教徒」といっても、
キリスト教に改宗することが求められていたので、
一応、「キリスト教改宗者(モリスコ)」ではありましたが、
家庭内や共同体の中では、イスラム教徒として信仰を続けることができていました。

それが徐々にキリスト教徒による締め付けが厳しくなり、
17世紀初頭に、モリスコに対する国外追放令が出されます。
それを受けて、約30万人ものモリスコが、
生まれ育った地から追放されてしまいました。

『太陽と月の大地』に描かれているのは、その時代です。

僕たちは、「キリスト教徒」と「イスラム教徒」というと、
それぞれが明確な境界線をもった文化や生活の中で
別々に暮らしていたと考えがちですが、
実際はそうではありません。

キリスト教に改宗をさせられてから何十年も経つと、
モーロ(イスラム教徒)の出自をもつ人々の中にも、
本当にキリスト教を信仰する人も出てきますし、
生まれながらのキリスト教徒とモリスコが
同じ家族の中に混在するということもあります。

物語の中でも、モリスコの主人公の母は真のキリスト教徒でしたし、
主人公の少年とキリスト教徒の領主の娘は、
両親にも認められた幼馴染として、互いに淡い恋心を抱きあっています。

体系としての宗教は、明確な境界を持ち厳格ですが、
人間の内面にある信仰はもっと柔軟です。
内面に強い信仰を持ちながらも多様な生活ができるのです。

しかし、そうした多様性が理解できない人々が、
「キリスト教徒」、「イスラム教徒」と画一的なレッテル貼りをし、
互いに非難し合い、攻撃し合って、
平穏に暮らしていた多くの人々を不幸にしました。

これは当時のイベリア半島だけの話ではありません。
現在でもこうしたレッテル貼りが、宗教や民族の対立を煽って、
多様な内面を持ちながらも共存する人々の生活や信頼関係を
壊してしまっている姿を、目にすることができると思います。

今年の世界遺産委員会で登録の可否が審議される
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。

潜伏キリシタンたちは、表面的には、
神道や仏教の信者を装いながらも、
内面ではキリスト教を信仰し続けました。

しかし、彼らは「キリスト教徒」として確固たる存在であり続けたわけではなく、
神道や仏教の信者として生活していく中で、信仰も変化していき、
キリスト教解禁後には、カトリックに復帰する者、
そのままカトリックには復帰せず独自のキリスト信仰を続ける
「かくれキリシタン」になる者、
神道や仏教へと改宗する者など、様々に分かれていきました。
(実際は個人単位ではなく集落ごとにですが。)

つまり、潜伏キリシタンの中には、
様々な強度のキリスト信仰をもつ人々がいたわけです。
それが「キリスト教徒」として一括りにされ、激しく弾圧されました。
そのため、潜伏キリシタンの人々(集落)に対して、
現在でも懐疑的な目を向ける人が、わずかですが残されてしまった気がします。

今回の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」では、
国家や宗教という大きな物語ではなく、
その中にいた人々の多様で小さな物語に目が向けられる
きっかけになるといいなと思いました。

フランスの哲学者にエマニュエル・ムーニエという人がいます。
彼は宗教や国籍、思想ではなく、「人格」によって人々は接しあうべきで、
人格を前提とした対話によって、他者との関係は作られる、
というようなことを言っていたことを、ふと思い出しました。
・・・・・・すみません、昔読んだ不確かな記憶しかないのですが。

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