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◇遺産復興応援ブログ:第4回 頻発する世界遺産の「見た目?」問題(後編:解決法はないわけではないけれど)

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(2021-06-28更新/ WHA 秘書

姫路城 修理後の大天守

 例えば「三猿の表情が変わってしまった」という件に関しては作業を担当した技師長は「ゼロから(職人が:筆者注)書き直す以上、先の太さ、筆のタッチなどが最終的に個人の力量や個性になるのは事実」とし、ある時には現場の監督者の意向で従来と全く違う色で塗り直したという記録もあるとのことです。また日光東照宮の調査を担当し、平等院鳳凰堂の修復にもかかわる龍谷大学の北野信彦教授(文化遺産学/保存修復科学)によると違和感の理由のひとつに色味の変化があげられるそうです。研究者は表面に残った痕跡の分析から当時塗ったトーンになるべく近い色味を示すのですが、はげた金箔や色褪せた部分を塗り直すとどうしても派手に見えることがあり、姫路城(白鷺城)の場合も漆喰を塗り直すという大規模な修復で当時の彩色の再現を試みると見慣れた色味からは離れてしまうのだそうです。(BuzzFeed News公開 2017年5月17日より筆者が抜粋・要約)

 Integrity(完全性)とともに世界遺産登録に求められる概念であるAuthenticity(真正性)は修復においては材料・構造・工法の真実性が求められます。かつては建造当時の状態がそのまま保存・維持されていることが重要視されていました。しかし当時は世界文化遺産の多くはヨーロッパの建造物などの「石の文化」にフォーカスした考え方で、日本を含むアジアの「木の文化」やアフリカの「土の文化」には適応しないものでした。そこで1994年開催の「真正性に関する奈良会議」で「遺産の保存は地理や気候、環境などの自然条件と、文化・歴史的背景などとの関係の中ですべきである(奈良文書)」となりました。つまり文化において真正性が保証されれば遺産の解体修理はもちろん遺産の再建まで可能になったのです。

 また、これは「世界遺産一覧表における不均衡の是正及び代表性・信頼性の確保のためのグローバルストラテジー(The Global Strategy for a Balanced, Representative and Credible World Heritage List)(文化庁)」のひとつにある西欧に文化遺産が多く偏在しアジア・アフリカなど他エリアに少ないアンバランスの是正がこれによって加速することが期待されます。

 実際に今後も修復、補修のたびに起こりうる可能性が高い世界文化遺産の「見た目」の問題。これを解決する手段がないわけではありません。例えば3Dプリンター(立体印刷機)の活用です。通常の3Dプリンターは薄い層を積み上げて三次元(立体)のオブジェを造形(造形積層造形法)するものですから従来の金型が不要になります。また切ったり削ったりのような今まで職人が担ってきた手練や経験もいりません。つまり人手による技術の幅が小さくてすみ、かつ職人の腕を介さずとも毎回同じ造形ができあがるということです。技術の向上により精細度があがり材料にラバー(ゴム)などを混合した複数の材料を使え、またフルカラーでの造形もできます。今までは教育や医療の分野において造形の小さなものが主流でしたが、建築分野では大型の3Dプリンターとモルタルで住宅まで大量にプリントできるそうです。この技術を世界遺産の修理、補修に使えば姫路城のプリントはまだ無理にしても、三猿の忠実なデザイン上(見た目)の再現は素人目にも可能と思われます。

「3Dプリンターで制作されたアウディRSQ。
映画『アイ,ロボット』のために制作されたアウディのコンセプトカー」3Dプリンター – Wikipedia

 しかし、人間の手を介さない世界遺産保全のための修理・補修が世界遺産全体の価値観を大きくゆがめてしまう可能性があります。Authenticity(真正性)が求めているものは修復においては材料・構造・工法の真実性です。創建当時と同じ材料を用い、当時と同じ構造・工法によって復元する。造形やデザインももちろん重要ではあるけれど、その時代の(機械化ではない)最高の職人の技術によって修復されることで人間が創造した人間のための「世界遺産」に筆者はとてつもない魅力を感じます。たとえ三猿の顔が修復前とは違って見えたとしても、これが私たちと同じ時代に生きた人間の手によって修復された「人類の宝」です。

 今後、「機械技術の発展」と「その活用」いう錦の御旗を振りかざし「見た目」を重要視する世界遺産の修理・補修にも3Dプリンターなどの現代の夢の技術が利用されることがあるかもしれません。おそらく世界遺産を抱える多くの国々にとっては保全、保護のための文化遺産の修理、補修は技術的にも予算的にも大きな負担であろうことは容易に想像がつきます。それは「石の文化」を標榜する西欧の先進国よりも「木の文化」「土の文化」を伝統とするアジア・アフリカ、その中でも優れた文化を内包しながら、現在は国際的に貧しいと思われる国々にとっては、現実の政治と文化の継承のはざまで困難なかじ取りを迫られることもあると思います。

 それも重々承知の上で、しかし筆者はこう思います。
 大量生産が可能な世界遺産にいったいなんの価値があるのだろうか、と。

(了)

特定非営利活動法人 世界遺産アカデミー 元事務局長 猪俣 浩太郎