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■ 研究員ブログ④ ■ 複合遺産ンゴロンゴロ あるいは セレンゲティの憂鬱

まだまだ今年の第34回世界遺産委員会からの話題です。
……しつこくてスミマセン。

今回の世界遺産委員会で「やっと……」と思ったのが、
『ンゴロンゴロ自然保護区』の複合遺産への拡大です。
これまでの自然遺産の登録基準(vii)(viii)(ix)(x)に加えて、
今回、文化遺産の登録基準(iv)が加わりました。

『ンゴロンゴロ自然保護区』はそもそも、
『セレンゲティ国立公園』の一部でした。
かつてタンザニアを統治していたイギリス政府が、
1951年にセレンゲティ平原を『セレンゲティ国立公園』として制定すると、
セレンゲティ平原で狩猟遊牧生活を営んでいたマサイ族の生活権が侵害されます。
そこで、マサイ族からの抗議を受けて、
1959年に『セレンゲティ国立公園』から分離したのが、
『ンゴロンゴロ自然保護区』でした。

『セレンゲティ国立公園』では認められていないマサイ族の狩猟遊牧が、
『ンゴロンゴロ自然保護区』のクレーターの周囲では認められ、
同時にマサイ族による密猟者の監視も行われています。

今回、複合遺産に拡大された背景には、
こうしたマサイ族の生活権が守られたことや動植物保護保全との関係も
影響していると考えられます。

しかし、新しく認められた登録基準は(iv)なので、
世界遺産の価値として加わったのは、マサイ族の文化や生活ではなく、
オルドゥヴァイ渓谷で発見された先史人類の足跡の化石や人骨、石器などが
人類の進化を物語るものとして評価されたということです。

一方『セレンゲティ国立公園』では大きな問題が起こっています。

ヌーやシマウマなどの野生動物と、その後を追うライオンなどの肉食動物が、
雨季の終わりに隣接するケニアの『マサイマラ動物保護区』まで
約1,500kmも大移動するのが『セレンゲティ国立公園』の特徴です。

その大移動を妨げるように、タンザニア政府が
『セレンゲティ国立公園』と『マサイマラ動物保護区』の間に
高速道路建設を計画し、今年その建設許可が下りてしまいました。
2012年より建設が開始されます。

タンザニア政府は、豊かなタンザニア北西部の各都市と
タンザニア各地の都市を高速道路で結ぶことで、
国内経済を発展させようとしています。

人々が経済の発展を求めるのは仕方のないことではあります。
豊かな生活には憧れるし、車での移動やエアコンのあるような暮らしは、
僕だけでなく当然アフリカの人々も求めるものでしょう。

世界遺産を守ることは大切ですが、
人々が「人間的」な生活をすることも大切です。
経済発展と遺産の保護、というのは、
世界遺産条約誕生のきっかけでもある『ヌビアの遺跡群』保護の時から、
つまり世界遺産条約に最初から突きつけられている課題なのです。

高速道路建設を選挙公約に当選した
タンザニア大統領ジャカヤ・キクウェテを非難するのは簡単ですが、
世界遺産を守りながら経済発展を目指す、というのは難しいことです。

……とはいえ、今回の建設計画はあまりに酷い。

ユネスコとタンザニア政府は、同じような状況で世界遺産リストから削除された
『アラビアオリックスの保護地区』の二の舞とならぬように、
代替案を検討してもらいたいものです。