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■ 研究員ブログ35 ■ イスラムはひとつじゃない

いつも駅まで歩く道沿いに畑があるのですが、
今朝は久しぶりに霜柱が立っていて、
朝陽を浴びて輝く姿が綺麗でした。

世界って本当に美しいなと思います。

今回のアルジェリア人質事件で犠牲になられた方には
心よりお悔やみを申し上げます。
誰も、あのような亡くなり方をすべきではない。
イスラム武装勢力には怒りしか感じません。

今回の事件は、フランス軍がマリのイスラム武装勢力を攻撃したことが
きっかけになったとされています。

マリ北部は、2012年始めから
トゥアレグの反政府組織やイスラム武装勢力などによる武装蜂起で荒れており、
2012年の世界遺産委員会の最中に、イスラム武装勢力の一派が
世界遺産『伝説の都市トンブクトゥ』に含まれる霊廟を破壊する、という
衝撃的な事件も起こります。

マリ北部をイスラム武装勢力が支配している現状を踏まえて、
マリの『伝説の都市トンブクトゥ』と『アスキア墳墓』が
危機遺産リストに記載されただけでなく、
イスラム武装勢力に対する非難声明も世界遺産委員会で出されました。

そして今年に入って、フランス軍が介入し、マリ北部を空爆します。
その際に、アルジェリア政府がフランス軍に領空通過を許可したことが、
今回の事件の引き金となったと、イスラム武装勢力は主張しています。

しかしこれは言いがかりに過ぎない気がします。

イスラム武装勢力の多く、おそらく全ては、
「サラフィスト」と呼ばれる人々です。

サラフィストとは、サラフィー主義者のことで、
イスラム原理派の中でも特に過激な思想の持ち主です。
シャリーアと呼ばれるイスラム法の厳格な遵守を求め、
人々の生活や内面性を重視するイスラム教のスーフィズム(スーフィー主義)を
激しく批判しています。

『伝説の都市トンブクトゥ』の霊廟が破壊された時、
なぜイスラム教徒がイスラム教の霊廟を破壊するのか!?
という疑問を抱いた人も多いと思います。

「イスラム教」というと、「ひとつの実体」としての姿をイメージしますが、
イスラム教の中にも様々な信仰形態があり、決して一枚岩ではありません。

例えばマリ共和国。
外務省のHPをみると、約8割がイスラム教徒であると書いてあります。
確かに彼らの多くはイスラム教徒なのですが、
トンブクトゥで歴代の王を信奉する「イスラム教徒」がいたり、
『バンディアガラの断崖』で伝統宗教を信じるドゴン族のような「イスラム教徒」がいます。
イスラム教も、キリスト教や仏教と同じで、それぞれの地域に広がる過程で、
伝統宗教や気候風土などに合わせて姿を変えていきました。
同じイスラム教徒といっても、その姿は本当に多様なのです。

しかし、サラフィストたちはそれが許せません。
彼らは各地の固有の信仰を破壊して、
画一化されたイスラムを力ずくで押し付けようとしています。

トンブクトゥで破壊された霊廟はまさに
スーフィズム的なシンボルであったため、
サラフィストたちに破壊されてしまいました。

今回のアルジェリアの事件も、
外国人がイスラム教徒の地で資本主義的な活動をしているのが気に入らず、
何か理由をつけて攻撃しようとしていたとしか思えません。

今回のような事件があったり、
婚外妊娠をした女性を家族が私刑にしたりするニュースを聞くと、
「イスラム教って怖い」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、これらを行っているのは、
イスラム教徒の中の一派に過ぎない「サラフィスト」たちであることを
ぜひ覚えておいてください。
多くのイスラム教徒たちはこうした行為に距離を置く
私たちと同じ「普通」の人々なのです。

キリスト教原理主義者がどんな酷いことをしても
キリスト教徒を非難したり恐れたりしないのに、
イスラム教原理主義者が事件を起こすと
イスラム教徒全体を非難したり恐れたりするのは、
なぜなのでしょう。
これは日本だけでなく世界的にそうなのだと思います。

これは私たちがイスラム教のことや彼らの多様性を知らないためです。
ぜひ様々なイスラム教の遺産が登録されている「世界遺産」を通して
世界の文化や宗教の多様性を知ってもらいたいと思います。
いや、ほんとに。

先日、ユネスコ事務局長のイリーナ・ボコバさんが、
フランスやマリの関係者/当事者に向けて
1954年のハーグ条約を遵守して、遺産保護に努めるよう声明を発表しました。

マリやアルジェリアの事態が出来るだけ早く収束することを願っています。