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● マイスターのささやき:Hello from LONDON No.3

皆様、こんにちは。マイスターの鈴木真紀です。

ベルギーからのレポートの後編をお届けします。ブリュージュを基点にして、アントワープへ日帰りのドライブをしました。ブリュージュから片道1時間半ほどの道のりです。アントワープは、ブリュッセルに次ぐベルギー第二の都市です。多くのユダヤ人が住んでいることから「西のイェルサレム」という別名もあり、ダイヤモンドの、研磨、カット、取引の中心地であり、近年は、ファッションの町としても知られています。15世紀にブリュージュが衰退した後、イングランドとドイツの貿易の中継地として発展しました。更に、出版文化の一大拠点となったことが、この町を近世ヨーロッパの重要な都市へと発展させました。

この出版文化をうち立てた人物は、クリストフ・プランタンという人物で、彼と彼の後継者である娘婿のヤン・モレトゥス1世の名前が付いた、「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設」は、2005年に世界文化遺産に登録されました。

世界遺産委員会は、1994年、「世界遺産リストにおける不均衡の是正、更正及び代表性、信用性の確保のためのグローバル・ストラテジー」を採択しました。(通称:グローバル・ストラテジー) これを受けて、世界遺産の地理的拡大、産業関係・鉱山関係・鉄道関係の強化、先史時代の遺跡群の強化、20世紀以降の文化財の登録に重きを置くことになり、今日もその動きは続いています。日本でも、今年「富岡製糸場と絹産業遺産群」が、世界遺産に登録されたことを受けて、「産業遺産」が注目されるようになりました。来年も、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の登録を目指していますので、「産業遺産」への関心は更に高まって行くことと思います。

「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設」も、産業遺産の一つとして位置づけられていますが、産業遺産としての重要性だけでなく、貴族の屋敷としての建築的、芸術的価値もあわせ持つ類いまれな遺産だと知りました。その保存状態の良さと、家屋の豪華さにも大変驚きました。財を成した後も、一族は、工房と住いを同じ場所に置き続けました。後に貴族の称号を得た一族の住いは、家屋というより、館と呼ぶにふさわしい豪華なものです。まずは、従業員達の作業場の写真からご覧下さい。

印刷の行程に合わせて沢山の作業場があるうち、活字室と印刷室の写真を載せました。近世ヨーロッパにおいては、文字が読めるのは、ほんの一握りの人に限られていましたので、この工場の従業員達は、労働者といえども、文字が読める非常に教養のある人達でした。

また、一族の屋敷には、どっしりとしたオークの家具や壁を飾るタペストリーに壁皮(壁紙ではなく、美しくデザインされた皮を貼ってあります)、一族の友人でもあった、ルーベンスの絵画があちこちに掛けられていて、その歴史的、芸術的な価値は、アントワープ市全体が所有している歴史的、美術的価値全体の62%にも及んでいるのだそうです。建物の保存状態が良く、家具、調度品、美術品を始め、印刷作業場と機械などの散逸が起きなかった理由は、印刷工場としての歴史を閉じてから、ほんの数年後の1876年には、これらの建物や美術品のすべてがベルギー王国に売却され、翌年には博物館として一般公開されるようになったからだと言われています。奇跡的だと思いました!屋敷、建物内の写真と美しい中庭の写真もご覧下さい。

この博物館について、一つ付け加えてお知らせしたいことは、ガイドブックの素晴らしさです。あちこちを旅行なさり、ガイドブックを購入したものの、読みづらくて結局知りたいところだけ拾い読み…という経験はありませんか? でも、この「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設」のガイドブックの内容は大変充実していると同時に読みやすいものになっていて、おすすめです。日本語版があります。私は、時間の関係で、見学をしてから、ガイドブックを買い、後からじっくり読んだのですが、できれば、部屋ごとの説明を読みながら、ゆっくりと見学ななさることをおすすめします。

さて、アントワープにある世界遺産は、もう1件。「ベルギーとフランスの鐘楼群」のうちの2つの鐘楼です。大聖堂と市庁舎の鐘楼が登録されています。近年の傾向として、世界遺産の登録件数をむやみに増やすのではなく、共通の歴史的・文化的背景を持つものをまとめて登録するシリアル・ノミネーション・サイトと呼ばれる物件が増加しています。これらが国境をまたいで二ヶ国以上に存在している場合には、トランスバウンダリー・サイトと呼ばれますので、まさにこれは、トランスバウンダリー・サイトの例です。全部で32の鐘楼によって構成されていて、その全部を見て歩くのは容易ではないですね。世界遺産の数はすでに1007件に及び、それらすべてを見学するということ自体、不可能に近い気がするのですが、一つの世界遺産を見るのにさえ、32ヶ所も見学しなければならないというのも、これまた大変なことだな〜と、ため息が出てしまいました。

アントワープの大聖堂は、「フランダースの犬」の物語の舞台でもあります。絵描きになるのを夢見ていたネロ少年は、大聖堂の祭壇に飾ってあるルーベンスの絵画を見たくてしかたがありませんでしたが、貧しくて、見学料を払うことができませんでした。何もかもがうまくいかない人生にうちひしがれ、大聖堂へ向かったネロ少年。クリスマスで、扉が開いていて、ルーベンスの絵が月の光に照らされて浮かび上がっているのを、ネロ少年は一瞬だけ目にすることができ、間もなく命が尽きてしまいました。

悲しい結末のこの物語は、19世紀にイギリスのウィーダが書いた児童小説ですが、ヨーロッパでの評価はあまり高くなく、日本でアニメ化されたことから、日本人の間での知名度の方が高い作品です。機会がありましたら、お読み下さいね。

ピーテル・パウル・ルーベンスは、画家、人文主義者、外交官として活躍した人物であり、スペインのフェリペ4世やイングランドのチャールズ1世からナイトの爵位を受けています。バロック時代の代表的な画家として、宗教画や、肖像画のジャンルに優れた作品を数多く残しています。前述の「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館とその関連施設」において、彼の絵画が版画として発行されたことから、彼の技量がヨーロッパ中に知れ渡りました。版画においては、ルーベンス自身の版権を確立した為、無断の複製版画が出まわることを抑制しました。なかなかのやり手だったということですね。

充実のアントワープ見学。前回ご紹介した古賀さんご夫婦、我家の主人ともどもおおいにエンジョイした日帰りドライブでした。2回にわたってベルギーからのレポートをお届けしました。では、また近いうちに!!

世界遺産検定 マイスター  鈴木真紀