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■ 研究員ブログ60 ■ あなたはタスクを選びますか?……オビエドの景観

2015.02.27

先日とある雑誌で読んだ、
脳科学者の池谷裕二さんの書いた話はとても興味深いものでした。

動物の行動に関する短いエッセイで、
いつでも食べれるように皿にのせたエサと、
レバーを押すと出てくるエサ、
この両方をネズミに与えると、得られるエサは同じなのに、
多くのネズミがレバーを押してエサを食べるというのです。

これはネズミが、タスクを通じて得るエサの方が価値が高いと
認識しているためらしい。

これは「コントラフリーローディング効果」と呼ばれるもので、
犬でもサルでも、鳥類や魚類でも、
動物界全体で見られる現象とのこと。

もちろん人間も例外ではなく、
就学前の児童はほぼ100%の確率で、レバーを押すそうです。

それが成長と共に確率が下がっていき、
大学生になるとレバーを押すのは50%まで下がる。

なるほど、と思う反面、まだ50%もいるんだ、とも思います。
僕ならどっちを選ぶかしらん。

読んでいて、これはなかなか面白いと思いました。
僕がすぐに頭に浮かんだのが、
世界遺産の近くで暮らす人々のことです。

以前、世界遺産が窓から見える場所にある中学校の先生とお話した時に、
「子ども達は世界遺産が身近すぎて、逆に関心がありません。」
と聞いて、確かにそれはそうなのかも、と思った記憶があります。

世界遺産……恐らく彼らは世界遺産とすら認識していない建造物が、
生まれた時から当たり前のように身近にあれば、
それを何としてでも守っていこう、とは思い至らないのも
仕方のないコトのように感じます。

そのため、直接的に生活の質が向上すると感じる、
大型商業施設やマンション建設、橋の設置などを、
あまり抵抗なくしてしまうのだと思うのです。
それが、世界遺産や文化財の価値を下げ、
ひいては自分たちの文化や生活の質を下げるとも気がつかずに。

コントラフリーローディング効果ではないですが、
「世界遺産に登録される」というのが
地域の人々にとっての「タスク」になるといいなと思います。

もう既に何度もブログに書いてきていることですが、
世界遺産に登録されるということは、
よい事ばかりではありません。
日々の生活だけを考えると、不便なことの方が多いかもしれない。

ただそうした不便を乗り越え、苦労して守ってこそ、
世界遺産の価値が地域の人々にとってかけがえのないものに
なるのではないでしょうか。

スペインの北西部にオビエドという都市があります。
『アストゥリアス王国とオビエドの宗教建築物群』として
世界遺産に登録されていますし、
世界遺産には含まれませんが、
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路が通る街でもあります。

何よりアストゥリアス王国の首都が置かれた場所として、
スペイン発祥の地を自負しています。
8世紀、イスラムにイベリア半島が征服(コンキスタ)された時、
キリスト教国として最後まで侵攻を防いだのがアストゥリアス王国だからです。
スペイン王室の皇太子は今でも「アストゥリアス皇太子」と呼ばれています。

世界遺産には、そうしたアストゥリアス王国時代を証明する
6つの教会と関連施設が登録されているのですが、
2007年に旧市街の大聖堂から300mほどの場所に、
39階建てのビルを3棟建設する計画がオビエド市から発表されました。

翌年にはICOMOSからの警告や市民の反対などで建設中止となりましたが、
このように、歴史が自分たちの文化のアイデンティティとなっている都市でも、
その歴史を証明するものの価値を下げるような事態に直面するのです。
これはオビエドだけではなく、どの都市や遺産にでも起こり得ることです。

努力しないと価値は守られない。
苦労して守ることによって、同じ建造物でも価値が増すのです。

コントラフリーローディング効果からは話が飛びましたが、
世界遺産や文化財を守る苦労や経済的な負担を厭わず、
守っていってもらいたいと思います。
地域住民だけでなく、その遺産をもつ国民だけでなく、
それこそ、人類全体として、です。

家で池谷さんのエッセイを読んでいると、
横で暢気に飼い猫が寝ていました。
彼は絶対にレバーなんて押さないだろうな、と思ったのですが、
池谷さんもちゃんと書いてました。
コントラフリーローディング効果が観察できない唯一の動物が猫だって。

現実主義者の猫がレバーを押すなんて、
確かに僕も想像できません。
猫のそのブレない感じ、とてもよろしいのです。