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■ 研究員ブログ129 ■ 不倫も突き抜けると歴史に残る? アルコバサの修道院

最近、「不倫」の話題が次から次へと出てきますね。
芸能界の方は好きにしてもらえればよいのですが、
政治家の方とかは、これだけ大事になるのだから
少なくとも今は止めておこう、
という発想にならないのが不思議です。

不倫は、まぁよくないのだと思いますが、
今回は、不倫も突き抜けると歴史に残るほどの物語になる、というお話です。

キリスト教国がイスラム勢力からイベリア半島を取り戻す
レコンキスタの最中の12世紀中頃、
現在のスペインにあった強国カスティーリャ王国からポルトガルの貴族が独立し、
ポルトガル最初の王国が誕生します。

しかし、なんとか独立をしたものの、
カスティーリャ王国とは良好な関係を築いていくことが、
ポルトガル王国にとって重要なことでした。

時は流れて14世紀半ば、
国王のアフォンソ4世は、カスティーリャ王国との関係を強化するために、
息子をカスティーリャ王の血を引く貴族の娘と政略結婚させようとします。

こうしてポルトガル王国の王子ドン・ペドロと
カスティーリャ王国の貴族の娘コンスタンサ・マヌエルは、
1339年にリスボンで結婚しました。

これで両国の絆は強まったと思われたのですが、
王子ドン・ペドロは、妻のコンスタンサ・マヌエルではなく、
妻の美しい侍女イネス・デ・カストロの方に惚れてしまったのです。

両国関係を気にした国王は、
イネスを遠く離れたコインブラのサンタ・クララ修道院に幽閉し、
王子から引き離そうとしますが、
恋愛は障害があると更に燃え上がるのでしょうね。
「妻との関係はもう冷え切ってるんだよ。愛してるのは君だけだ。」
……なんて言ったかどうかは知りませんが、
ドン・ペドロは、ますます妻そっちのけでイネスに入れ込み、
イネスも王子の愛を受け入れます。
今で言う「不倫」です「不倫」。

妻のコンスタンサ・マヌエルは、
しっかりと跡継ぎの王子を産んで役目を果たすと、
ドン・ペドロの即位を見ることなく、若くしてこの世を去ってしまいました。

ドン・ペドロは、妻が死んだらもう後ろめたいことはない、とばかりに、
イネスを近くに呼び寄せ、ふたりの世界に浸り始めました。
国王アフォンソ4世が再婚を勧めても、聞く耳を持ちません。

イネスはとうとうドン・ペドロとの間に3人の子供ももうけて、
ふたりは幸せの絶頂にありました。

しかし、不倫から始まった恋を世の中が許すはずがありません。
現代では週刊誌から非難が始まるのでしょうが、
当時のポルトガル王国では、貴族たちが非難の声を上げました。

貴族たちは「不倫がよくない」ということではなく、
イネスがこのまま王妃になると、
イネスの親族やその取り巻きの貴族が力をもち、
自分たちの地位が危うくなる、という危機感から、
国王にイネスの暗殺を持ちかけたのです。

国王は、カスティーリャ王国との絆の証である跡継ぎの王子を守ることを理由に、
ドン・ペドロの不在の隙を狙って、イネスを殺してしまいました。

イネスの死を知ったドン・ペドロは激しく怒り、
国王に対して反乱を起こしますが、
国を守らなければならないという母の説得で一度は矛を収め、
国王と和解しました。

しかし、矛を収めたのはあくまで表面的な話。
国王がイネス暗殺の2年後の1357年にこの世を去ると、
ドン・ペドロはペドロ1世として国王に即位し、
すぐさまイネスの復讐を始めます。

2年間、怒りを胸の内に溜め込んでいたペドロ1世は、
イネスを殺した3人の貴族をカスティーリャ王国で見つけ出すと、
心臓をえぐり出すという残虐な方法で処刑しました。
人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるそうですが、
蹴られる程度では済まされなかったようです。

さらに、ペドロ1世が溜め込んだ怒りは信じられない方向に向かいます。

ペドロ1世は、イネスの墓の中から棺を掘り出すと、
体も朽ち腐敗するイネスを玉座に座らせ、
正式な王妃として臣下の貴族たちに認めさせたのです。

腐敗した王妃と並ぶ国王を、人々はどのような目で見守ったのでしょうか。
もはや「不倫」がどうのこうの、という次元ではないのでしょうね。

ペドロ1世とイネス・デ・カストロの物語は、
ポルトガルで長く語り継がれてきました。

現在、ペドロ1世とイネス・デ・カストロは、
世界遺産の『アルコバサの修道院』で一緒に眠っています。
シトー会の質素な修道院の中にあって、異質なほど豪華な棺の中で。
ペドロ1世の遺言により、
ふたりはお互いの足の裏同士が向き合うように安置されているそうです。
目覚めて起き上がったときに、最初にお互いの顔が見えるように。
愛ですね。

ちなみに、ペドロ1世はイネスの死後すぐに別の女性との間に子供をもうけ、
その子供はジョアン1世としてポルトガル王国の中興の祖となっているだけでなく、
ポルトガルの大航海時代を代表する王子で、
世界遺産『リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔』と関係のある
エンリケ航海王子の父としても知られています。

つまりペドロ1世は、エンリケ航海王子の祖父にあたるのですね。

結局、ペドロ1世は純愛を通した一途な王なのかどうなのか
よくわからなくなってきましたが、
不倫も突き抜けると歴史に名を残す物語になるようです。
まぁ、あまりお勧めはしませんが。