◇遺産復興応援ブログ:第5回 中国における“考古学ブーム”の到来で期待される世界文化遺産の人災被害に対する若き考古学者の存在1(全3話)
中国の交通運輸省によると、2021年5月の労働節の連休期間中、中国内の移動人員は2億6,500万人と集計され、前年同期間比で122.2%増加し、2019年よりも0.3%増加したとある。新型コロナウイルス感染症により、これまでの抑制されていた消費心理が“爆発”したと報道各社は報じている。中国政府も2月の春節時には地域間移動に制限を加えていたが、本年の労働節には新型コロナ感染禍の一早い終息宣言もあって、防疫に注意を促しながらも消費回復のために国内旅行を勧めたという影響もあった。
海外旅行が難しい状況下で、人々の関心が国内の世界遺産などに向けられた結果、北京郊外・八達嶺の「万里の長城」を始め、甘粛省の「敦煌の莫高窟」、陝西省の「華山」、山東省の「泰山」など、中国各地の世界遺産には大勢の観光客が押し寄せ、まさに“数珠繋ぎ”となっている光景がニュースで流れ、改めて中国の“観光ブーム”の凄まじさに驚かされた。各地では観光客の流れを分散させるなど、コロナ対策を強化していたが、自粛生活からの開放感に溢れる観光地ではマスク未着用の人の姿も多く、感染拡大が心配される一方で、世界遺産の遺跡や建造物への落書きや立入禁止区域への侵入で自然の植物などが破壊されたりするケースが増えており、観光客のマナーの悪さが大きな社会問題ともなっている。
爆発的な観光ブーム前の万里長城(2012年)と敦煌・鳴沙山(2011年)(by Koriyama)
中国の世界遺産は2019年時点で、文化遺産37件、自然遺産14件、複合遺産4件の計55件で、イタリアと並んで世界1位となっている。最も多い文化遺産とは、人類の傑作、文化の価値観の相互交流、文化・文明の証拠、建築様式・建築技術や景観など、6つの登録基準の内、1つ以上の基準項目が認められている遺産のことを指している。中国の最新の文化遺産としては、2019年に長江文明を裏付ける先史遺跡として浙江省の「良渚古城(りょうしょこじょう)遺跡」が登録された。1936年に発掘され、長年にわたる調査・研究の結果、新石器時代後期の長江下流域に存在した稲作農耕文化圏の一つとしてその価値が世界的に認められた。現地では文化遺産の登録とともに見学者が押しかけ、現在は1日3,000人の入場制限処置が取られている。*1
2015年に訪れた時の閑散とした「良渚古城遺跡」(by Koriyama)
2020年は、コロナ禍の感染拡大の影響で世界遺産登録の可否を決めるユネスコの世界遺産委員会が中止・延期されたため、2021年7月末にも2020年分と2021年分を合わせた登録審査が行われ、結果が発表される。中国の「泉州 : 宋朝・元朝における世界のエンポリウム」や日本の「北海道・北東北の縄文遺跡群」など、35件の登録候補が今回の審査対象となっている。
中国が目下、国を挙げて次の世界文化遺産の登録準備に全力を注いでいるのが河南省の「二里頭夏都(にりとうかと)遺跡」。二里頭遺跡は1959年に発見され、1960年に大規模な宮殿基壇が発見されて以来、発掘や研究が進められており、商(殷)初期の王朝時代に属する最古の宮殿建築と見なされていた。その後、長期にわたる発掘調査とともに、ハイテクを駆使した研究・分析が進み、中国史書の「夏」の時期に相当する紀元前1800年から紀元前1500年頃の先史遺跡であることが考古学や文献学によって立証され、現時点で“中国最古の夏王朝”の都の一つと考えられている。2019年10月には、洛陽市に「二里頭夏都遺跡博物館」が開館し、発掘された青銅器、陶器、玉器、緑松石(トルコ石)器、骨角牙器など二千点余りの所蔵品が展示されるなど、ここでも“中国最古の王都”の魅力を求めて大勢の見学者が押しかけた。*2
2010年に訪れた時の埋め戻された「二里頭夏都遺跡」とその工作処 (by Koriyama)
「良渚古城遺跡」や「二里頭夏都遺跡」など文化遺産や候補の多くは、言うまでもなく考古学者達による長年の遺跡発掘調査からその研究成果までが厳しく問われた結果であり、そういう意味で、考古学は新たに発掘された遺跡の文化遺産登録にとって、不可欠の学術分野であり、その国の文化・文明の水準を表す大きな要因とも言えることから、中国では国の重要な文化政策の一環として遺跡発掘の支援や遺跡博物館の建立など、考古学に関する様々な支援が行われている。(続く)
(T.Koriyama)
【参考】
*1「人民網日本語版」2019年7月8日掲載
*2「新華社通信」2019年10月23日掲載