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首里城火災から1年半、復旧復興支援活動の長い道のり

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(2021-03-12更新/ WHA 秘書

 沖縄の文化遺産である首里城が火災で焼失したという2019年10月末のテレビニュースは、まだ記憶に新しい。そのニュースでは、首里城の火災は今回が初めてではなく、過去にも4度火災にあったと報じていた。また、首里城全体の復元が完成して間もなかったということを聞いて驚いた。当然それまでに修復作業がなされてきたわけだが、ようやく復元した貴重な文化遺産がまた焼け落ちてしまったという衝撃と落胆を、ニュースを見ただけの身ながら強く感じた覚えがある。このわずか半年前の4月には世界遺産であるノートルダム大聖堂が炎上し、出火したその日にマクロン仏大統領が再建宣言をするというニュースが流れたばかりだった。洋の東西で文化遺産である歴史的建造物が焼失するという火災が同じ年に続いたのだ。ノートルダム大聖堂もまさに修復作業期間中の火災であったという。歴史ある建造物は長い年月の間には損傷や焼失を免れず、修復作業を繰り返さざるを得ないのだろう。修復や復元の継続そのものが「文化遺産を守る」ことなのだと改めて気づかされた。

 首里城は琉球王国の王宮兼行政機関の本部であった建物で、正殿の基壇(土台部分)遺構は世界遺産に登録されている。2019年10月の火災で正殿の建物部分は焼失したが、遺構については降り積もった灰などを丁寧に取り除き、15世紀からの建造物の痕跡として今現在公開されている。本土復帰20年を記念して1992年に復元された正殿は、琉球王国時代の1795年に再建された正殿をモデルとしていた。1992年の首里城公園開園とともに公園の一部として正殿が公開された後も、書院など他の建物の復元は続く。2019年2月に首里城のすべてが復元され、開園から27年にして首里城公園の全容が明らかになった。それから1年しないうちに火災があり、復旧復興に着手していく最中の2020年には、コロナ禍に悩まされる事態となった。そんな中でも「首里城復興モデルコース」を作り、修復の現場も含めて観光客に見せることや、崩落した赤瓦の再利用のための漆喰はがしボランティアを募るなど、復旧復興への努力や工夫を惜しまない関係者やボランティアに参加する人々の熱意は首里城公園HP首里城 ‐ 琉球王国の栄華を物語る 世界遺産 首里城 (oki-park.jp)からも伝わってくる。

 これらの復旧復興活動を支える柱となっているのが、日本国内だけでなく海外からも送られてくる寄付や支援金である。すでに受付を終了した那覇市の「首里城火災に対する支援金」や、沖縄県が現在も受け付けている「首里城火災復旧・復興支援寄付金」首里城火災復旧・復興支援寄附金/沖縄県 (pref.okinawa.jp)などには、2020年中に50億円を超える支援金が寄せられたという。保険金や国からの再建予算だけに頼るのではなく、自分たちの力で首里城を守っていこうという沖縄県民の情熱と、それに共感する国内外の人々の「文化遺産を守る」ことへの理解の深まりが、これほどの金額に結実したのだろう。いや、ここからが大事だ。首里城復旧復興の道のりは長い。まだまだ支援の継続が必要だ。沖縄の青い空に琉球王朝の栄華を偲ぶ眩しいほど鮮やかな正殿がもう一度目に映る日を夢見ている。

(T.Hayashi)