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◇遺産復興応援ブログ:第2回 終わりのない自然災害の脅威と、屋久島の持続的な観光産業を考える

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(2021-08-31更新/ WHA 秘書

  屋久島は島の90%が森林で、1,000年を越える樹齢を持つ「屋久杉」や、もののけ姫の舞台になったと言われる「白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)」など、豊かで美しい自然景観が魅力の島だ。尚、島に生えるスギの中でも、標高が500mを超える山地に自生し、樹齢が1,000年を超えるものが屋久杉と呼ばれていると昨年訪れた現地で教えていただいた。

 島のほぼ中央にそびえ立つのが、九州の最高峰となる宮之浦岳(標高1,936m)だ。屋久島では、珊瑚礁が見られて冬には雪も降る、亜熱帯から亜寒帯までの気候帯が存在する稀有な島。そのため、亜熱帯植物から亜寒帯植物が海岸線から山頂へと連続的に垂直分布し、多種多様な植生を見られる。1,000m以上の山が45座並ぶすばらしい自然の景観を呈しているだけでなく、1,500種以上の動植物が生息しているとされ、「洋上のアルプス」や「東洋のガラパゴス」の呼称も至極納得できる。

 また、屋久島自体は火山島ではないが、8つの天然温泉があり、実は隠れた温泉の名所。それぞれに泉質が異なるだけでなく、温泉施設の趣が全く異なっていることも、温泉好きの心をくすぐる。中でも、干潮時の2時間だけしか入湯できない「平内海中温泉」は、脱衣所もなく、野趣にあふれた貴重な体験ができること請け合いだ。

 さらに、海からの湿った風が山々にぶつかるため、「屋久島は月のうち、三十五日は雨」と言われるほど雨が多く、豊富な流水や湧き水に恵まれている。「大川の滝(おおこのたき)」は日本の滝100選に、宮之浦岳流水は名水百選に選ばれている。

 かように、豊富な自然観光資源に恵まれた屋久島だが、台風や豪雨といった自然災害が多発している。最近では2019年5月18日に午後発生した記録的な豪雨では、降水量は5月18日から20日までに480㎜の降水を観測、1時間降水量では、観測史上1位を記録するほどの大雨にみまわれた。その影響で複数の土砂崩れが発生し、名所の縄文杉へと続く登山口にて314名の観光客および住民が取り残され、鹿児島県庁は、救出活動、修復活動の2度にわたって自衛隊に災害派遣を要請する事態となった。また、2020年9月5~7日に、九州の西側を沿うように北上した台風10号は各地に様々な台風の爪あとを残した。屋久島では、1時間に120mm以上の猛烈な雨をもたらし、記録的短時間大雨情報が発表。島内全域に避難勧告が発令された。

令和2年台風10号(Wikipedia)

 気象庁のホームページによれば、気候変動に関する政府間パネルの第5次評価報告書では、地球温暖化に伴い台風など熱帯低気圧の台風の強さが増す可能性を指摘*1。また、全国(アメダス)の1時間降水量50mm以上の年間発生回数も増加傾向にあり、10年間(2011~2020年)の平均年間発生回数(約334回)は、統計期間の最初の10年間(1976~1985 年)の平均年間発生回数(約226回)と比べて約1.5倍に増加している*2。

 先の2019年の記録的な豪雨においても、午前中はほとんど雨が降っていなかったにも関らず、午後から急激に雨脚が強まり、午後6時には「50年に1度の大雨」と発表されている。特に天候の変化が激しい山岳部の観光では、ちょっとした天候の変化でも河川の増水や土砂崩れにつながることもある。屋久島では、強い雨がふると一気に河川が増水することが、パンフレットなどに記されており、より一層の安全対策が求められる。

白谷雲水峡の穏やかな清流も、ひとたび雨が降ればすぐに増水し、沢を渡れなくなってしまう

(by wataru)

 近年は都市部でも、いわゆるゲリラ豪雨と呼ばれる大雨による、記録的短時間大雨情報の発表もあり、これまでの経験則とは異なる気象変化の時代を迎えつつあるように思える。事実、予報官も先の5月18日午後の急激な気象変化を、「私たちも予測できていなかった」というコメントを残している。

 また、こうした気象変化は、日常的に雨の多い屋久島では、山岳ガイドの判断を誤らせる可能性もある。天気予報の精度は、以前よりも明らかに向上しているが、私たちはこうした変化の時代にいることをもっと認識すべきかもしれない。常に最新の気象情報をこまめにチェックすることに加え、たとえ数時間のトレッキングであっても、安易な考えは捨てて、自然に向き合う姿勢が重要だ。

海から山へ一直線につながる屋久島の地形は、豊かな自然を育むと同時に、急激な天候の変化も生み出す

( by wataru)

 昨年の旅行を通じて、屋久島ならでは課題も多いと聞いた。代表的なものが、ヤクシカなどによる獣害で、生態系や農業、生活環境への被害。たしかに、筆者も運転中に何度か鹿を見かけたし、電気柵が設置されている農作地もあったことも記憶している。また、多くの人気観光地が抱えているオーバーユース問題も深刻とのことだった。屋久島では、登山道の荒廃、トイレの維持管理やし尿処理、駐車場の整備といったハード面に加えて、ガイドのレベルの低下といったソフト面も課題としてあがっている。より多くの観光客を受け入れることが、観光地としての質の低下をまねくだけでなく、地元に暮らす住民の流出につながる事例は決して少なくない。

 観光立国を目指す日本にとって、「環境と観光を両立させ、持続可能な観光客受入を可能とする」ことは極めて重要だ。こうしたオーバーユースに関る課題は国内のみならず、諸外国の有名観光地でも同様だが、それぞれに、様々な対策を講ずることで、課題の解決を目指している。具体的には、問題が発生する構造や原因を体系的に分析し、諸外国の事例などを参考に、解決策を検討していくことになろう。

 屋久島では対策の一つとして、「世界自然遺産屋久島山岳部環境保全協力金」という入山協力金制度を設けている。これは、世界自然遺産として評価された屋久島の美しい自然環境と清らかな水環境を人類共通の財産として末永く受け継ぎ、登山者に安心で安全な自然体験を提供するための協力金だ。2021年4月現在、日帰り入山の場合は基本額の1,000円、山中で宿泊予定の入山の場合は2,000円となっている。なお、白谷雲水峡(管理棟~辻峠区間)だけに入園する場合は、「森林環境整備推進協力金」の500円となる。口座振込などで協力金だけを納入することも可能なので、興味のある方は、屋久島町役場観光まちづくり課に問い合わせてみてはいかがだろう。

 天国のような体験ができた屋久島の思い出に浸りながら、再び屋久島のホテルで「もののけ姫」を見ることを願っている。

(wataru)

世界自然遺産屋久島山岳部環境保全協力金のHPはこちら

*1 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p13.html
*2 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/extreme/extreme_p.html