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● マイスターのささやき:無形文化遺産「和食」に想う

世界遺産検定マイスター 萩原卓
2014.1.1


2014.1.1 高尾山山頂にて

明けましておめでとうございます。
今年は、天候にも恵まれ、穏やかで暖かな正月になりました。きっと皆さんも新鮮で爽やかな新年を迎えられたことと思います。

昨年は、富士山がユネスコの世界文化遺産に登録されることが決まりました。また、12月には、「和食 日本人の伝統的な食文化」の無形文化遺産への新規登録も決まりました。そして、2020年の夏季五輪開催地に東京が選ばれ、歓喜の渦に日本中が巻き込まれました。このように明るい話題も数多くありましたが、一方で温暖化の影響か、猛暑や豪雨など自然の猛威を感じた年でもありました。
今年は、平和で穏やかな年であってほしいものです。

さて、正月と言えば、「おせち料理」。和食の代表です。
料理人でもなく、和食料理店での勤務経験のない私が、「和食」を語るのは、いささか僭越ではありますが、ひとりの和食を愛する日本人として、ご容赦いただきたいと思います。

和食の醍醐味は、何といっても四季折々の旬の食材の美味しさを最大限引き出すところにあるでしょう。季節を感じさせ、美味しさを際立たせる盛り付けなども、日本人の美意識が現れていると思います。

無形文化遺産への推薦理由も、和食を「『自然の尊重』という日本人の精神をあらわした、食に関する社会的慣習」としています。そしてその特徴を、「新鮮で多様な食材とその持ち味を尊重」「年中行事と密接に関連」等としていました。栄養のバランスのとれた一汁食彩も高い評価を受けました。

和食に大切なのは、五法・五味・五色・五適・五覚とされています。
五法は生(切る)、煮る、焼く、蒸す、揚げるといった5つの調理法のことで、五味とは酸味、苦味、甘味、辛味、塩味という5つの味、五色は白、黒、黄、赤、青(緑)の5色、
それぞれ色に意味があるようですが割愛します。五適とは、適温、適材、適量、適技、適心、適心とは部屋の雰囲気などもてなしの心をもつこと、そして最後の五覚はいわゆる「五感」のことで、視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚、これらを活用して美味しい料理を楽しもうということのようです。何と繊細で、風情があり、美しく、奥深いことでしょうか。

山の幸や海の幸を奉納して神に感謝するというのが、「おせち料理」の原点とも言われています。三つ肴は地方によっても構成が異なりますが、黒豆は魔除け・無病息災、田作りは
五穀豊穣、数の子は子孫繁栄の意味があり、日本の農耕文化を表していると思います。

ところで、この「和食」の美味しさは、どこから来ているのでしょうか。
和食の神髄でもあるあのカツオだしや昆布だしの「うまみ」は何が源なのでしょうか。
美味しいものは、美味しい! 理由など必要ない! そう言われれば困るのですが・・・。

実は正解は「カビ」です。カビとの長い付き合いから生まれてきました。
私がこの事実を知ったのは、昨年末テレビで放映された「和食 千年の味のミステリー」です。わずか50分程度の番組でしたが大変興味深いものでした。

だしの「うまみ」や「こく」、「さわやかな風味」、味や香りのもとになる物質を何種類も生み出す微生物、その正体は、「アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzge)」。
ニホンコウジカビというカビの一種です。
みそやしょうゆ、みりん、これらの調味料のうまみは実にこのカビによってもたらされたものです。醸造酒もそうです。鎌倉時代には、蒸し米の上でカビを育て、どこにでも運べる「カビの種」を作る「種こうじ屋」も現れていたようです。

番組では、京都のしょうゆ屋、カビの種を作る「種こうじ屋」も紹介されていました。
また、そのカビ(Aオリゼ)が繁殖していく様子も見事に映像化されていました。
古都・京都の四季の舞台に、こういった日本の食文化の奥深い世界を、歴史と科学の視点から見ることが出来ました。
カツオ節がカビによって分解されて「うまみ」を出すように昆布も微生物の力を借りて「こくみ」や「うまみ」を醸し出していたのです。

けれども、私たちは、祖先が育んだこの食文化、無形文化遺産に登録された「和食」をどのように守っていくのでしょうか。どのように後世に継承していったらいいのでしょうか。

富士山の世界文化遺産の登録が決定した際、多くの人が今夏富士山を目指しました。マスコミやテレビでも富士山を取り上げる機会が従来以上にも増して、関心が高まりました。
富士山周辺の周遊チケットや河口湖方面の直通列車も増発されました。これらの現象を見ていると、どうも「商業主義」「ブランド化」が先行し、本来課せられた保護・保全の仕組みは進んでいるのだろうかと思ってしまいます。富士山は私の経験からそんなに多くの人が登れる山ではありません。空気も薄く危険も伴います。

「和食」も同様に、日本の食文化が世界へアピールできるのはいいのですが、あのかつお節や昆布のうまみはどうやって残し、継承し、後世に伝えていくのか、このことを真剣に考えないと和食は滅びていきます。
最近は、コンビニでなんでも手に入る。ダシの元も。ほんとうに便利になりました。
趣味や嗜好は時代とともに変化してものです。洋食化の傾向ももう日常化しています。
和食の味わいも時代とともに変化していくかもしれません。

利便性や経済性を求める時代の変化と伝統を守ることの両立はなかなか困難かもしれません。それはあたかも経済開発と遺産保護の両立といった世界遺産に共通する概念に類似しているようにも思えます。

味覚というものは、幼少時代の経験がもとに記憶形成されるといいます。
あの「ふるさとの味」「おふくろの味」がそれを端的に表していると思います。
学校教育から始めないといけないという声もよく聞きます。わたしも同感です。
さらに追加するならば、「楽しく学ぶ」ことです。人間の根本的な欲求として、食べたいとか、寝たいとかという生理的欲求があります。「美味しいものを食べたい」という欲求が、「楽しみながら学ぶ」ことにつながれば理想です。
さらに言うならば、「たくさんの美味しいものを食べて、友達にも教えてあげる」、「どうしたらこのような美味しいものができるの?」という素朴な疑問にも答えていく、いわば
参加型教育とでも言うのでしょうか、受け身教育ではないことが重要です。

昨年、食品の偽装表示が大きな社会問題となりました。有名デパートやホテルにおいても次から次に偽装表示が明るみに出ました。これでは、せっかくの「和食」も台無しです。
是非、和食の良さを世界に知ってもらうためにも、正しい知識を後世に伝えていくためにも、二度と同様なことが起こらないことを願います。

最後になりましたが、おせち料理は日持ちするものが多いのが特徴です。
これは、神様とともに食事をする正月に火をできるだけ使わないためだと、何かの本で
読んだような気がしますが、同時に家事の負担から解放するという説もあるようです。

我が家では、もっぱら食事の用意をするのは家内ですから、「正月くらいゆっくり休んだら」と言ったら、軽い微笑みがかえってきました。


盛り付けの美しさも和食の魅力です。