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■ 研究員ブログ43 ■ 世界遺産の街で暮らすということ

日差しはまだまだ鋭さを残していますが、
ビルの間を抜けてくる爽やかな風は確実に秋のそれで、
何だか嬉しくなります。

この季節になるとよく、
留学していたフランスの小さな地方都市を思い出します。
大学の授業が始まり、新しいことだらけだった時期です。

僕の留学していた街には、中心部に旧市街が残り、
駅から大学の中までトラム(路面電車)が走っていました。

多くの人が歩く旧市街の中を、
わりとのんびりしたスピードでトラムが通り過ぎる風景が
僕は好きでした。

先日、「コロッセオ前 マイカー締め出し」という記事が新聞に載りました。

世界遺産『ローマの歴史地区』の登録範囲である
ローマ中心部を遺跡公園にするため、車両の通行を禁止する計画が
今夏から動き出した、というものです。

遺跡公園にする計画自体は、1887年に出されたもので、
マリーノ市長がそれを126年ぶりに実行に移しました。

コロッセオとヴェネツィア広場を結ぶ
「フォーリ・インペリアーリ通り」の南半分を
自家用車の進入・通行禁止としたのですが、
将来的には、歴史地区を全面的に通行止めにしようとしています。

昔からフェリーニの映画などを観ていて、
多くの遺跡が残るローマの街中には車がよく似合う、と
僕は思っています。
マストロヤンニかっこいいなぁって。

しかしその反面、遺跡が排気ガスで黒ずみ、
路上駐車だらけで歩きにくいし見た目も悪い、
ということもローマに行くといつも感じています。

そう考えるとやはり、
このローマの遺跡公園の計画は、
実行できるのであれば、よい計画なのではないかと思っています。

もちろん、これには地域住民などから大きな反発も出ています。
迂回路の渋滞や、ローマの旧市街で暮らす人々の生活など、
さまざまな課題はあるからです。

しかし僕は、マリーノ市長の、
「遺跡か車か、の選択で、私たちは遺跡を選んだ。」
という発言を支持したいのです。

イタリアは経済的な問題から、遺産保護が滞ってしまっています。
多くの遺産の保護・保全が不十分で、
それが観光の観点からも問題になっています。

遺跡が損なわれてしまえば、
ローマの魅力は著しく減少してしまいます。

マリーノ市長の発言は、純粋に遺産を保護する、という目的だけではなく、
経済的・政治的な思惑があってのことなのはわかりますが、
それでも、何か大きな犠牲を払ってでも遺跡を守る、
という行動を起こしたことが重要なのです。

車の乗り入れを禁止すれば、
環境面だけでなく、地域の経済、遺産の理解の点でもよいことがあります。
車では通り過ぎていた店に人が立ち寄るだろうし、
遺産そのものの価値をゆっくり味わうには、歩いてみるのが一番です。

業務用の車両は環境に配慮したもののみ時間を決めて入れるようにするとか、
対応の仕方はあると思います。
環境にやさしく導入費用が比較的安いトラムを
ローマの街中に張り巡らせるというのもひとつの手でしょう。

街は生きています。
常に変化してゆく街を、ある特定の時代のままに留めておくことは、
困難であるだけでなく、街の本来のあり方としておかしなことです。

一方で、世界遺産が求めている街のあり方は、
どこかそうした不自然なもののような気がします。
ドレスデン・エルベ渓谷の例を見てみてもそうです。

その双方の間に合意点をみつけつつ
次の世代に街を引き継いでゆくことが重要です。

遺産価値となっている、ローマ時代の街並のまま保存するのは不可能でも、
その遺跡を最大限に活かした街並保全や暮らし方をすることは可能です。

それは必ずしも暮らしやすさとは相容れないかもしれませんが、
世界遺産になる、世界遺産に暮らすということは
そうした不便も受け入れる、ということです。

この点は、世界遺産を目指す自治体に暮らす人には
ぜひ考えてもらい点です。
世界遺産になるって、けっこう面倒なことが多いのです。

もしローマで成功したら、京都や奈良でもやってもらいたいなぁ。
京都は渋滞をなくして街並保存をしたら
もっと魅力的になるのではないかと思っています。

京都にトラム。
ありじゃないでしょうか。