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■ 研究員ブログ46 ■ カイロ・タイム あるいは 脳内海外旅行

今日から10月です。あっという間ですね。
今年こそは海外に行きたいと思っていたのですが、
無理そうだなぁ……残念。

仕方がないので、僕はよく脳内海外旅行をしています。
先日も、近所のスーパーのリノリウムの床が清掃したばかりだったらしく、
ほんのりと洗剤の匂いがしていました。
その匂いを嗅いだとたんに、ロサンゼルス空港が頭にうかんできて、
「ロサンゼルス空港ってこんな匂いがしてたなぁ……」と、
懐かしくいろいろなコトを思い出していました。
……なんて書いていると、ずいぶん根暗な感じですが。

脳内海外旅行のきっかけに最もふさわしいのは、
やっぱり映画です。

先日もエジプトのカイロを舞台にした
カイロ・タイム~異邦人~』という映画を
観せていただく機会がありました。

エジプトはご存知の通り、
ジャスミン革命から波及した反政府デモにより、
約30年も続いたムバラク政権が倒れました。
その後もデモやクーデターが起こり、カイロも騒乱状態にあります。

観光が大きな産業であるにも関わらず、
観光客を呼べないどころか、観光資源の破壊や盗難にも苦しんでおり、
政治が安定したからといって、かつての姿に戻るのは難しいかもしれません。

『カイロ・タイム』が撮影されたのは、
ジャスミン革命前年の2009年です。
映画の中のカイロには、ナイルの流れのような、
穏やかで雄大な時間が流れていました。
そうしたカイロだからこそ成り立つ物語だった気がします。

この映画で素晴らしいと感じたのは、
画面の切り取り方です。

僕たち観客が見ている画面の中に、
もうひとつフレームを加えることで、
街並や自然などの風景が絵画のような美しさを帯びます。
フレームは窓や扉であったり、建物と建物の隙間であったりします。

これってまさに世界遺産そのものです。

世界遺産の都市や建物は、世界遺産である以前に、
人々の住む街であり、人々の記憶のつまった建物です。
世界遺産というのは、そうした街や建物を、
「世界遺産」というフレームで切り取ったひとつの側面に過ぎません。

この映画は「世界遺産」がテーマではありませんが、
世界遺産に登録されているメンフィスのピラミッド群やカイロの街並、バザールなどが
美しい映像で描かれています。

主人公のジュリエットのような旅人は、
世界遺産というフレームを通して街を見ますが、
実際に訪れてみると美しい反面、もちろん戸惑うことも多い。

それはその街に暮らす人々とは違う眺めです。
もしかしたら、そこで暮らす人も知らない街の表情かもしれない。

この映画は、カイロで暮らすタリクと旅行者であるジュリエットが登場することで、
その両方の表情がうまく描かれていたような気がします。
世界遺産としてのフレームと、その奥に広がる都市としての重層性。

ふたりの恋は、日本語の猥雑なアバンチュールではなく、
フランス語で「冒険(英語のアドベンチャー)」を意味する
アバンチュールのように感じましたが。
ジュリエットと同世代の人が観たら、また別のように感じるのでしょうね。

世界遺産というのは、もう何度も述べてきたことですが、
そこで暮らす人々、暮らしてきた人々がいてはじめて価値をもちます。

ニュースなどで現在のカイロを見ていると、
人々の混沌とした不安や苛立ち、絶望などがそこにはあるのですが、
悠久の歴史を誇るカイロには当然、
多くの人や家族、友人たちが楽しく過ごした記憶があり、
そして恋人たちの喜びの記憶が溢れているはずです。

これからも悲しみよりも喜びの記憶が多い場所であって欲しい。
そうあることに世界遺産は何ができるのだろうか。
映画を観て、そんなことを考えました。

同じように車窓からカイロの街を眺めながらも、
空港から街に向かう車のなかで流れるアラブの曲で
ジュリエットとタリクの物語が始まり、
ジュリエットが夫と最後に乗ったタクシーで
アラブの曲から英語の曲に切り替わり物語が終わる。

そんな映像とシークエンスの積み重ねで、
カイロの街を旅している気分になることが出来ました。

でも、やっぱり、
実際に海外の空気や街の喧騒、流れる音楽に触れたいなぁ。