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■ 研究員ブログ99 ■ すべてゼウスのせい……トロイアの考古遺跡群

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最近、天候の所為で予定を変えざるをえないことが続いて、
ちょっとちょっと! と空をにらみつけたりしていたのですが、
梅雨の時期の、僕の予定の変更なんてたいしたことではなくて、
日本でも世界でも、地震や台風、豪雨、旱魃などのために
さまざまな計画変更を余儀なくされている方が多くいらっしゃるわけです。

また「運命」という言葉で片付けるには重すぎる、
病や人の生死の問題など、人の力では何ともしがたい出来事に、
振り回されてきたのが人間の歴史ともいえます。

人々は、そうした人智を超えた力を、
何とか解釈して納得し、もしくは抗おうと努力してきました。

その努力の営みのひとつが神話世界です。

世界遺産を調べていると、さまざまな文化の神話と出会います。
各文化が、それぞれの方法で世界を咀嚼しようとしているのですが、
多神教の神話の世界は「神々」が自由奔放で理不尽で、
おもわず笑ってしまうような話がいくつもあります。

それだけ人間が迷惑を蒙っているということでもあります。

神話の世界を見ていると面白いのが、
最高神は絶大な力をもっている一方、
彼らはだいたい好色で、妻に頭があがらないということ。
その最たるものがギリシャ神話の最高神ゼウスです。

ゼウスは、妻である女神ヘラの目を盗んでは
牛や白鳥、雨や雲に姿を変えて若い女性に手を出します。
雨や雲が女性を口説くという辺りがもう意味不明なのですが……。
その反面、妻のヘラが怖いので、
浮気相手を牛の姿に変えてごまかしたり、
ヘラの陰謀で雷に焼かれた浮気相手の体から
ヘラに内緒で子どもを救い出し、自分の太ももの中(!)で育てたりと、
ゼウスは何でも出来るだけに、やりたい放題でめちゃくちゃ。

女性に手を出したいけれど、女性がらみの面倒には腰が引けてしまうという
ゼウスの情けない姿勢が理由で人間が大変な思いをしたのが「トロイア戦争」です。

トロイア戦争の引き金となったのが
ギリシャ神話の「パリスの審判」でした。

神々が参加する、とあるパーティに招待されなかった争いの女神エリスは、
パーティ会場を訪れると「この林檎を、最も美しい女神に!」と言い残し、
黄金の林檎を置いていきました。

その場にいたゼウスの妻である女神ヘラとゼウスの娘である女神アテナ、
ゼウスの養女である女神アフロディーテが、
自分こそが最も美しい女神であると、林檎を奪い合います。

ここでゼウスが、ビシッと審判を下せばよかったのですが、
女性の争いに腰が引けてしまったゼウスは、
その判断をトロイア王の息子であるパリスに委ねます。
最高神が神々の争いの審判を、人間に委ねたわけです。
そんなのありなの? って感じですよね。

自分を選んで欲しい女神たちは、パリスに対して褒章を示します。
女神ヘラは「王としての権力と富」を、
女神アテナは「すべての争いに勝利する力と名声」を、
女神アフロディーテは「世界で最も美しい女性」を。

多くの男性が望む、富と権力、名声、そして美しい女性。
その中から若いパリスが選んだのは「美しい女性」でした。
これが「パリスの審判」です。

最も美しい女神として林檎を手にした女神アフロディーテは、
パリスに「最も美しい女性」としてスパルタ王の妻であるヘレネを与えました。
これがきっかけで、トロイアとスパルタが10年にわたり争う
トロイア戦争が始まったのです。

「世界で最も美しい」からといって「人妻」を与えるあたり、
もう神様のやることは理解を超えています。
神様からしたら「世界で最も美しい」以外のコトはどうでもよいのでしょうね。
スパルタ王には、本当に迷惑な話です。

トロイア戦争では、選ばれた女神アフロディーテがトロイア側に、
選ばれなかった女神ヘラと女神アテナがスパルタ側に分かれて、
神々も戦いました。

ゼウスが最高神として審判を下していれば、
この戦争はなかったかもしれないのに。

パリスの審判とトロイア戦争の神話は、
ホメロスの叙事詩『イリアス』に描かれ
長い間、空想上の出来事だと考えられてきました。
しかし、この神話を信じたシュリーマンが発掘を行い
世界遺産にもなっている『トロイアの考古遺跡』を発見したのです。

神話や伝承は、まったくの荒唐無稽な物語ではなく、
人間が世界を解釈する方法のひとつです。
神話の世界の研究が深まっていくと、
私たちが忘れてしまったさまざまなことが解明されるかもしれませんね。

神話学や哲学、文学など、経済活動との直接的な結びつきが分かりにくい学問も、
引き続き大切にしていってもらいたいと思います。
世界遺産の保護と同じで、学問も一度途絶えてしまうと再生は本当に大変ですから。
もちろん世界遺産学も。