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■ 研究員ブログ117 ■ 沖ノ島を世界遺産登録するまでにすべきこと

今回は、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に
イコモスから出された勧告を基に、
観光や保護の点から考えてみたいと思います。

イコモスからの勧告では、前回の研究員ブログで書いた
資産の絞込みと遺産名の変更の他に、
・風力発電施設の建設の禁止
・違法な上陸やクルーズ船の来訪への懸念
・開発事業の影響評価の徹底
などが指摘されていました。

◆ 開発に対する懸念

今回、沖ノ島と周辺の岩礁のみが登録勧告になり、
大島にある宗像大社沖津宮遥拝所と中津宮、
九州本島にある宗像大社辺津宮と新原・奴山古墳群が
プロパティ(世界遺産そのものとなる資産)から外れました。

しかし、勧告の中で
バッファー・ゾーン(プロパティ周辺の保護すべき区域)は適切である、
という勧告であったため、
バッファー・ゾーンは、玄界灘の沖ノ島周辺から
九州本島の一部まで含む区域になります。
(下図の水色の部分)

これは、一直線に並ぶ宗像大社の沖津宮、中津宮、辺津宮の
三社一体となった信仰空間を考えれば、
この区域をバッファー・ゾーンとして保護することは納得できます。

ただ、『古都京都の文化財』の「賀茂御祖神社(下鴨神社)」で、
プロパティに隣接する場所でのマンション建設が
大きな問題となっているように、
バッファー・ゾーンに対しても、規制がかかってきます。

今回の勧告でも、風力発電施設の建設は、
バッファー・ゾーンの範囲外であっても、
視覚的な完全性に影響があるものは完全に禁止するよう求めています。
景観の保護も徹底しなさい、ということです。
三社一体の信仰空間と考えれば、これも理解できます。

ここで問題となるのが、地元の人々の「気持ち」の点です。
自分たちの地元の文化財が「世界遺産」に登録されたのなら、
ある程度の規制(生活するうえでの不便さとも言えます)を
受け入れられるでしょうが、
「世界遺産に選ばれなかった」のに
「不便さだけは引き受けなければならない」となれば、
すんなりとは納得できない人々もいるのではないでしょうか。

これまで、このブログでも何度か書いてきましたが、
世界遺産になるのはよいことばかりではなく、
地域の人々が積極的に努力をしなければならないことが多々あります。
それを受け入れてもらう、地元の合意が必要になります。
世界遺産の周辺地域として、世界遺産の価値を損なわないようにすることが、
自分たちの文化や生活の質の向上においてのみならず、
経済的にも重要である、と考えられるような周辺地域を含んだ合意を、
7月に世界遺産登録される前までにはしておく必要があると思います。

◆ 観光と違法な上陸などに対する懸念

世界遺産になると宗像大社辺津宮への観光客数が3~4倍にふくれ上がるだろうから、
それに対応する準備を進めてきたのに、
辺津宮が構成資産から外されてしまうと、観光客は増えず、
世界遺産登録による経済効果が減少してしまう、という意見が見られます。

よく誤解されるのですが、
そもそも世界遺産登録は観光客増を目的とするものではないですし、
世界遺産になったからといって持続的に観光収入が増え続けている遺産は
実はそれほど多くありません。

世界遺産の構成資産じゃなくても観光客が多く訪れるところもあれば、
世界遺産の構成資産でもほとんど観光客が訪れないところもあります。

今回、沖ノ島も含めて、どれも世界遺産になることができなかったら、
確かに観光客は全く増えないかもしれませんが、
沖ノ島が世界遺産に登録されれば、それなりに観光客は訪れると思います。
そして、多くの観光客にとって、辺津宮が世界遺産の構成資産かどうかなんて
あまり関係ないのではないでしょうか。

屋久島のプロパティの範囲を知っている観光客が
いったいどれほどいるのでしょう。
それでも世界中から人々が屋久島を訪れて満喫していくのです。

世界遺産登録の大きな利点のひとつに、
「世界遺産をフックに、世界中の人々に情報を発信できる」というものがあります。

その情報発信の中で、宗像大社沖津宮、中津宮、辺津宮が一体となった
信仰形態を作り上げていること、
大島の沖津宮遥拝所から沖ノ島の沖津宮を静かに遥拝すると、
日本人が古くから大切にしてきた自然崇拝を感じることができること、
辺津宮で国宝となっている品々を見れば、
国家を超えた東アジア文化圏での深い交流ががわかることなどを、
積極的に伝えていけばよいのです。

観光客が入れない世界遺産が誕生するのはどうなのか? という意見もありますが、
全くナンセンスだと思います。
観光客が入ることができない世界遺産なんて、
世界中にいくらでもありますし、
「聖なる島に入ることなく信仰を守ってきたこと」「女人禁制」
という文化を知ることが、
世界遺産を観光する上で重要です。

世界遺産は、世界中にこんなにもいろいろな文化や伝統があり、
さまざまな人々が暮らしていると知る、ということが
その重要な存在意義なのですから。

一方で、違法な上陸に対しては、7月までに、
明確な規制を定めておく必要があると思います。
そもそも推薦する前にしておくべきだったと思いますが。

違法な上陸は、人々の信仰を踏みにじる行為で、
絶対に許されるものではありません。

(沖ノ島の貴重な宝物が盗難されるというのは、
そんなに気にしなくてもよいと思います。
国宝級のものは転がっていないですし、
沖津宮の社には神職がいますから。)

ただ、違法な上陸を取り締まるのは並大抵のことではありません。
この辺りは、自治体だけでなく国とも連携して取り組んでもらいたいと思います。
「上陸しないよう理解していただく」というのでは限界がありますから。

◆ 最後に

昨年、今回構成資産からの除外を勧告された4資産を見てきました。
辺津宮の奥にある高宮斎場の神聖な雰囲気は、
その場から離れがたいものがありました。

沖津宮遥拝所も中津宮も新原・奴山古墳群も、
他に観光客がいない、とても静かな状態で訪れることができました。
ここに観光客が溢れかえる、というのは想像しにくいものがあります。

近年、文化財の観光活用は検討されるべきものとして
議題に上がることが多くなりました。
観光収入が地域を活性化させ、文化財の保全にも活かせるというのは確かですし、
ユネスコでも文化財の活用は勧めています。

一方で、観光化を進めることで、文化財の劣化を早め、
伝統的な文化や地域の人々の生活が変化してしまうこともあります。

そのバランスが難しいのです。

「宗像・沖ノ島」は観光客数を増やすのではなく、
リピーターを増やし、滞在日数を増やす、
という方向性がよいと思います。
言うのは易しですけどね。

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