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■ 研究員ブログ128 ■ 『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』から考える「負の遺産」

今日から9月ですね。
2017年も3分の2が終わったと思うと、
残りの3分の1で何ができるかしらんと、ちょっと焦ってしまいます。

今年中にちゃんと考えたいなと思っているのが、
「負の遺産」と「ダークツーリズム」についてです。
7月に札幌で講演をさせて頂いた時から考えていたテーマなのですが、
なかなか考えが先に進まないというか、現実逃避してしまっているというか。

先日、映画館で上映している時に見逃してしまっていた映画が
DVDになっているのを見つけ、さっそく借りてきて観ました。

『Song of the Sea ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
アイルランドのトム・ムーア監督が、
アイルランドのセルキー伝説を軸に作り上げたアニメ作品です。

セルキー伝説の大筋は、あざらしの姿をしたセルキーが、
陸に上がると皮を脱いで人間の姿となり人間と暮らしますが、
やがては海に帰っていくという物語です。
アイルランドのほか、スコットランドなどで
さまざまなヴァリエーションがあるのですが、
多くは、日本の羽衣伝説にも似た悲恋の物語です。

『ソング・オブ・ザ・シー』は、
セルキー伝説を軸としていますが、
その周りをさまざまな物語やテーマで包んでおり、
とても美しく考えさせられる素敵な作品でした。
ケルトなどの文化や紋様が好きな僕にはたまらない映像美でしたし。

この作品のテーマのひとつとなっているのが、
人の「ネガティヴ」な感情です。

詳しくは書けないのですが、
作品の中で、「悲しみ」や「怒り」などの感情を、
文字通り取り除いてビンの中に閉じ込めることで、
心のバランスを保つというシーンがあります。
また、息子が「悲しむ」姿を見たくないがために、
魔法で息子を石にしてしまう、というエピソードも。

「悲しみ」や「怒り」などの感情があった時に、
それとどう向き合っていったらよいのか、
どの人も文化も、必ず直面する問題だと思います。

その解決法は「感情を取り除く」でよいのか、という難しいテーマが、
この作品にはあるのだと思いました。

これは世界遺産の「負の遺産」とも関係しているのではないでしょうか。

「負の遺産」は、世界遺産条約の中で明確な定義があるわけではありませんが、
人類が犯してきた過ちを記憶に留め、後世への教訓とする遺産、
と考えられています。

貴重な文化財や自然環境を保護・保全する世界遺産条約の中で、
「負の遺産」と考えられる遺産が登録されている理由は、
この「記憶に留める」というところにあります。

つらい出来事や記憶を思い出させる遺産を残すというのは、
とても勇気のいることです。
しかし、そうしたつらい記憶としっかり向き合うことが
逆に人々の心のバランスを保つという
文化財のレジリエンスとしての効果が
最近注目されています。

「負の遺産」の議論の中で、
「加害者」と「被害者」はどのように価値の中に含まれているのか、
ということが取り上げられることがあります。
しかし、人道上の罪を犯したナチス・ドイツ以外は、
基本的には加害者を断罪する内容は価値に含まれていません。
無差別殺戮の兵器である原爆の投下だって充分、
人道上の罪を犯している気はしますが。

そこから見えてくるのは、「負の遺産」というものは、
その遺産に関係する人々の心を癒す存在である、
という考え方です。

そう考えると、「負の遺産」というのは、
ネガティヴではなくポジティヴな存在なんだと言える気がするのです。

「負の遺産」について考える時に少しもやもやしていたコトが、
『Song of the Sea ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』を観て
ちょっとですが、すっきりしつつある気がします。

この台風が過ぎれば、季節はひとつ進んで、
秋になりますね、きっと。
涼しくなった季節の中でもう少し考えてみたいと思います。

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