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■ 研究員ブログ137 ■ チョコレートと世界遺産、そしてバレンタイン

今日はバレンタインデーですね。
今では心穏やかに……というか、
前後の日と何もかわらずこの日を過ごしていますが、
中高生の頃は、2月14日が近づき、
コンビニなどのチョコレートコーナーがバレンタイン仕様になってくると、
食べたいチョコレートすら買うのを躊躇ってしまうような、
バレンタインコーナーを見ているのすら恥ずかしいことのような、
自意識がぎりぎりまで肥大した状態になっていました。
中高生男子って馬鹿だなぁと今なら笑えますが。

このチョコレート、
よほど生活が苦しい地域でない限り、
チョコレートを食べたことがない人はいないのではないかという程、
私たち人類の文化にとって、重要な位置を占めていると思います。

そんな重要なチョコレートですが、
チョコレートに関係する世界遺産はありません。
ワインやコーヒー豆の生産地は世界遺産になっているのに、
カカオ豆の生産地は各国の暫定リストにもないのです。
……少なくとも僕は知りません。

カカオはもともと、紀元前から中央アメリカの諸文明で
儀式などの際に、神に捧げたり王侯貴族が口にする貴重なものでした。
16世紀になり、コルテスなどのコンキスタドールがアステカ文明を滅ぼし、
新大陸の貴重品を本国に持ち帰ると、スペインにカカオが伝わります。

スペインからヨーロッパ各地にチョコレートが広まっていく過程で、
粉にしたカカオに砂糖やミルク、シナモンなどを加えて飲みやすく改良され、
一気に人気が高まりました。

アステカ文明で貨幣と同様の価値をもっていた貴重なカカオが、
ヨーロッパ各地で食されるようになると、
当然、カカオ豆の絶対量が不足します。
そこでスペインをはじめとするヨーロッパの国々は、
新大陸にアフリカから奴隷を連れて行き、
カカオ豆と砂糖のプランテーションを始めました。

中央アメリカで、紀元前から長い間、
地域の文化と深い関係のあったカカオ栽培は、
ヨーロッパの新大陸征服によって、地域文化の文脈からバッサリと切り離され、
単なる交易品のひとつを栽培する大規模農業へと変化しました。

その後、先住民労働者の減少や、貿易コストの削減などから、
カカオの生産地はヨーロッパの新たな植民地であるアフリカに移っていきます。
地域文化と関係のなくなったカカオ栽培は、
カカオ豆が栽培できる気候で、生産コストが抑えられる場所であれば
どこでもよかったわけです。

ここでようやく世界遺産とつながります。

世界遺産に登録されている農地の多くは、
「文化的景観」として登録されています。
ワインであれば『ラヴォー地域のブドウ畑』や
『ピーコ島のブドウ栽培の景観』などがあり、
コーヒーであれば『コロンビアのコーヒー農園の文化的景観』や
『キューバ南東部におけるコーヒー農園発祥地の景観』、
他にも、葉タバコやテキーラ、米などの農作地が
「文化的景観」の価値が認められ世界遺産となっています。

文化的景観は、人間社会が自然環境によるさまざまな制約の中で、
社会・文化的に進化してきたことを示す遺産です。
自然の一部を成す農作地が、地域の文化と結びつき、
長い年月をかけて独自の景観を作り上げてきているというのが、
その価値になります。

カカオ栽培の景観は、
中南米からヨーロッパ、そして世界へと広がっていった歴史的背景から考えて、
地域文化に根付いた独自の景観になっていないということが、
世界遺産に登録されていない理由の気がします。

最近のバレンタインコーナーでは、
「フェアトレード」や「エシカル」という言葉と共に
チョコレートが紹介されていることがよくあります。

最近のトレンドである、ということもあると思いますが、
こうした枕詞が必要な状況に、今も一部のカカオ栽培がある、
ということの証拠でもあります。
カカオに限った話ではありませんが。

今回調べていて、世界遺産の登録地でかつて、
カカオが栽培されていた場所がありました。
キューバの『アレハンドロ・デ・フンボルト国立公園』で、
20世紀初頭にカカオとココナッツの栽培が行われていたそうです。

いつか、カカオ栽培の景観が、
その文化的価値で世界遺産に登録されるといいですね。