■ 研究員ブログ139 ■ 世界遺産条約を象徴する遺産は、イエローストーン国立公園だ!
ずいぶん暖かいと思ったら、もう3月も中旬になるのですね。
相変わらず何もできないうちに、一年の4分の1が過ぎ去ろうとしています。
あと一ヶ月ちょっとしたらまた、
諮問機関から今年の世界遺産候補への勧告が注目される時期になります。
今年の世界遺産委員会で審議される予定の日本の遺産は、
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と
「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の2件。
今のところ、ICOMOSやIUCNからの事前の問合せなどの情報は出てきていませんが、
無沙汰は無事の便り、といったところでしょうか。
最初の世界遺産12件が1978年に誕生してから、
今年で40年になります。
いま1,073件登録されているので、
40年で約100倍にも増えたわけです。
世界遺産の数の増加については賛否あると思いますが、
これはなかなかすごい数です。
世界で最初の世界遺産のひとつ、
アメリカ合衆国の『イエローストーン国立公園』は、
世界遺産条約の誕生を象徴する世界遺産です。
世界遺産条約の大きな特徴のひとつは、
1つの条約で文化遺産も自然遺産も保護している、という点にあります。
これは構想の段階から文化と自然の双方を含んでいたわけではなく、
2つの条約案が1つにまとめられた結果でした。
1つはユネスコが中心になってまとめた文化遺産を保護する
「普遍的価値を持った記念物、建造物群、遺跡の保護に関する条約」案。
もう1つは、アメリカ合衆国が中心となりIUCNと共にまとめた自然遺産を保護する
「人類にとって顕著な価値を有する世界遺産トラスト」案です。
アメリカ合衆国は、世界遺産条約が誕生する100年前の1872年、
「イエローストーン」を世界で最初の国立公園に指定します。
背景には、西部開拓による人間の生活地域の拡大やそれに伴う自然破壊があります。
当時のアメリカでは、南北戦争が終わり、
アフリカ系アメリカ人にも選挙権が与えられる公民権法が成立し、
アメリカが、合衆国として新しく動き出しつつある時代でした。
国家が形を整える早い段階で、自然を保護する体制づくりを行うなんて、
アメリカ合衆国はすごい国だと思います。
その最初の国立公園に選ばれたのがイエローストーンです。
約1時間に1回、地中から熱湯が50メートル近くも吹き上げられる間欠泉や、
バクテリアにより、真青から緑、黄色、オレンジ、赤へと色を変える熱水泉、
反対に、バクテリアも生きられない高温のために空の青さだけを映し出す熱水泉、
熱湯に含まれる石灰が階段状に固まったテラスや、
大地を削り流れるイエローストーン川、公園の9割を占める深い針葉樹の森、
そしてグリズリー(ハイイログマ)やハクトウワシ、ヘラジカなど、
アメリカの大自然を象徴するような多様な生物たち。
イエローストーンには、にわかには信じがたいような独特で豊かな自然があります。
実際、19世紀初頭にイエローストーンを訪れた探検隊の報告は、
ホラ話だとして人々には信じてもらえませんでした。
熱湯が吹き上げられ、青からオレンジに色が変わる熱湯の泉があり、
黄色い石や白い階段がある大自然なんて、物語の世界ですよね。
アメリカ合衆国はそれから100年、
国立公園として自然環境を守ってきた自負があるので、
1972年という記念すべき年に、
世界各地の重要な地域を世界遺産トラストとして保護していくことを、
世界中に国々に対して提案しました。
同時期、ユネスコでも文化遺産の保護の考え方から
同じような国際的な保護条約を考えており、
双方が1つにまとめられて、1972年の世界遺産条約となりました。
ですので、世界で最初の世界遺産に
『イエローストーン国立公園』が登録されたのは
必然であったわけです。
因みに、もうひとつアメリカ合衆国から登録されたのが
断崖にアナサジ族の住居跡が残る『メサ・ヴェルデ国立公園』です。
こちらも遺産名からも分かるとおり、
1906年に国立公園に登録されています。
国立公園では自然保護から始まり、史跡なども保護対象として管理しています。
管理の仕方で面白いのが「ウィルダネス」という考え方です。
これは「Wilderness」というスペルから想像できますが、
「Wild(ワイルド)」であるということ、
つまり「野生」や「原生」である状態のこと。
国立公園ではこの「ウィルダネス」が重視されるため、
できる限り、自然の保護は「自然」に任せられます。
例えば『イエローストーン国立公園』では、
山火事などがあった際に、よほど人の生命に関わる状態でない限り、
積極的な消火活動は行わず自然の鎮火に任せます。
そして山火事で焼けた大地にも植林は行わず、
自然に次の芽が出てくるのに任せるのです。
これはアメリカほどの広い広い大自然だからこそ
できる方法ですが、面白い考え方だなと思います。
自然を「保護する対象」として見ながらも、
自立した「大人(?)」として任せているというか。
自然が雄大すぎて、人間が手を出すのがおこがましいのかもしれませんが。
自然環境を「保護する」というのは、
良くも悪くも、人間が手を出さない、ということなのでしょう。
世界遺産というとどうしても
8割近くを占める文化遺産に目が行ってしまいますが、
自然遺産の保護というのは重要な両輪の1つとしてあったのですね。
イエローストーン国立公園にはまだ行ったことがないので、
必ず訪れたいと思います。
だってあの色、この目で見てみたいですもの。