■ 研究員ブログ148 ■ 世界遺産は揺れているのか?
暑い日が続いていますね。
こう暑いと何かを考える、というのが嫌になってしまいます。
先日、「未来世紀ジパング」に出演させてもらいました。
世界遺産やユネスコについて、つっこんだ内容で、
なかなか番組全てを使ってこうしたテーマを扱うことは少ないので、
興味深い番組になっていたと思います。
一方で、テレビ番組でよくあるのですが、
問題点を強調したいがために、一面的なところもあったので、
番組内で採用されなかったコメントを中心に、
少し補足をしたいと思います。
◆ イコモスの勧告
イコモスの勧告がほとんど覆されているような印象を持たれたと思いますが、
基本的にはイコモスの勧告内容は尊重されています。
世界遺産委員会では、諮問機関(イコモスなど)の勧告を基に、
話し合いを行って世界遺産登録を決定します。
ただ、世界遺産委員会では、イコモスとは異なる判断基準もあり、
世界遺産リストの信頼性や代表性を確保するために、
世界遺産の少ない地域や、登録の少ない分野などの遺産を、
なるべく世界遺産の枠組みの中で守ろうとしています。
諮問機関は個別の遺産について、
保護の体制や保全計画などを判断し勧告を出していますので、
世界遺産委員会とは、そもそも世界遺産への立ち位置が違っています。
また、諮問機関の勧告に対して、推薦国が異議を申し立てることもありますが、
そうした遺産価値の評価に対する相互の食い違いが問題になってきたので、
世界遺産委員会の中でもアップストリーム・プロセスなど、
対策を講じているところでもあります。
しかし、あまりに簡単に諮問機関の勧告が覆されることがあるのも事実で、
今年登録された「アル・アハサ・オアシス」の様な例は、
理解に苦しむものがあります。
◆ 世界遺産条約やユネスコの政治性
そもそも、国際機関や国際条約が、
各国の政治と無縁であるということは、
絶対にありえない話です。
世界遺産条約だって「国際」条約なのです。
国と国が結んだ条約で、国の政治が入り込まないのは無理でしょう。
世界遺産委員会に参加する各国の代表は基本的には外交官です。
外交官は国からの指示で国のために動きますので、
世界遺産委員会の場では、自国の遺産を世界遺産にする、
というのが最大のミッションになります。
そのため、ロビーイングというのが加熱するという背景もあります。
一方で、ロビーイングが悪い、という感じになっていますが、
ロビーイングの本当の意義は、関係を築いて「根回し」をする、ということです。
これは、世界遺産だけでなく外交や政治の場では必ず行われることです。
(プロのロビイストを用いて行うものは別ですが。)
お金を払うから世界遺産登録に賛成して欲しい、というような生々しいのは、
僕は聞いたことがないですし、少なくとも日本は接待などはしていないはずです。
ユネスコは、文化的なところで各国が協働し、
互いに理解しあうことで平和な世界を築くというのが基本理念です。
世界遺産もその相互理解の手段のひとつです。
国という単位で成り立っている条約という限界がある中で、
いかに合意点を見つけていけるのかということが重要なのです。
◆ ユネスコを巡るお金の問題
ユネスコのお金の問題は、1980年代頃が最も酷い状態にありました。
アメリカ合衆国や英国がユネスコを脱退したのもその頃で、
1999年に松浦さんがユネスコ事務局長に就任して
組織改革とプログラム改革を行い、
その結果、アメリカなどがユネスコに復帰しました。
ユネスコは組織の大きさに対して、
行っているプログラムが多岐にわたるため、
それぞれの活動状況や、各事務所などの会計状況などは、
しっかり見ていく必要があると思います。
腐敗をなくす一番の手段は、人々が関心をもってチェックすることです。
また、前事務局長のボコバさんに関しては、
彼女を批判する術も擁護する術も持っていないのですが、
ボコバさんへの批判がユネスコ事務局長選挙と、
彼女が立候補した国連事務総長選挙の中で出てきているという点は注目だと思います。
選挙の過程では根拠が不十分なゴシップネタというのもよく出てきます。
特にユネスコは、基本的に西ヨーロッパ的な価値観の組織ですので、
旧東欧出身のボコバさんに対して
メディアも含め風当たりが強くなるというのは考えられます。
日本の松浦さんの時ですらそうでしたから。
またボコバさんの疑惑に関しては、
ユネスコに関するものと、ブルガリアの政界の汚職と、
はっきりと分けられておらず、
「決定的な証拠がない」まま、ユネスコ事務局長の汚職疑惑、
としてしまうのはどうかなという気がします。
彼女が南京大虐殺の「世界の記憶」登録を行ったというのは、
また別の話ですので、一緒に非難するのはナンセンスです。
彼女を擁護するつもりはないですが、一応。
◆ アメリカ合衆国のユネスコ脱退
これは難しい問題ですが、ユネスコがパレスチナ加盟を認めたことが
まずひとつのきっかけになっています。
ただ、第二次世界大戦後、敵国だった日本が国連への加盟が認められていない時に、
最初に国際機関として日本の加盟を認めたのがユネスコです。
ユネスコはそうした世界の多様性を守ろうとする機関だということも
知っておいてもらいたいです。
たしかに、パレスチナの世界遺産が全て
「緊急的登録推薦」で、イコモスの勧告に反して政治的に登録されている
という世界遺産の「利用」の仕方には僕も問題はあると思いますが。
またユネスコは、アメリカなどのいわゆる「大国」に
気を遣いながら活動をしているわけではない、ということがあります。
ユネスコには、国連のような「常任理事国」もないですし、当然「拒否権」もありません。
先進国も途上国も対等な立場である、というのが基本です。
世界の国の数から考えれば、圧倒的に途上国の方が多いので、
アメリカはその辺りも気に入らない、というのもあります。
お金を沢山払っているのだからもっと言うことを聞け、
というのは前近代的な考え方です。
例えば、その考え方で行けば、
所得税の支払額が少ない僕なんて、
選挙権が取り上げられてもおかしくない感じです。
以前も書きましたが、お金を多く出しているから言うことを聞いてもらうのではなく、
自分たちの意見が通るように組織内にもっと人を送り込むべき問題です。
これは個人で取り組むのではなく、国のバックアップで行うことです。
また日本のユネスコ脱退について耳にすることがありますが、
日本がユネスコから脱退してしまうと、
ただ目が行き届かなくなるだけなので、
アメリカ合衆国の場合と一緒に考えない方がよいと思っています。
◆ 最後に
ユネスコは、確かに問題を抱えている機関ではあります。
また世界遺産条約もその運用において多くの課題もあります。
しかし、その改善に向けて動いていますし、
先ほども書きましたが、人々が関心をもつことが重要です。
悪用される組織ではなく、悪用する人(国?)の方が問題なのですから。
今回の番組で、ユネスコや世界遺産活動に関心をもつ人が増えるとよいなと思います。
ちなみに、番組内で出てきた破壊される「万里の長城」は
世界遺産の登録範囲ではないので、ご安心下さい。
世界遺産じゃないとしてもあれは問題ですが。
やっぱり文化財の価値について学ぶって大切ですね。