■ 研究員ブログ90 ■ 神の仕業か!? 『世界遺産 ポンペイの壁画展』
東日本大震災から5年目を迎えました。
関東地方でも雪がちらついた今日と同じように、
あの日もとても肌寒かった記憶があります。
身体的な感覚と記憶が結びついています。
自然の厳しさを思う時、冷たく鋭いイメージとセットなのです。
冬の厳しい北海道で長く学生生活を送ったことも
少し関係しているのかもしれません。
東日本大震災などの自然災害を目にすると、
自然の力は人間の手に負えるものではないと改めて思います。
これは人類の歴史の中でずっと、人々が感じてきたことでした。
そのため、さまざまな文化で、人知の及ばぬものとして、
太陽や月、大地に神の姿を見出し、
雷や地震、嵐などを神の仕業であると考えました。
自分たちの文化に大きな影響を与える自然環境を、
自分たちの文化の文脈の中でどうにか読み解こうとしてきたのです。
それは地震で都市が壊滅し、雷で家屋が焼け、
嵐で農作物の収穫が奪われた時に、
自分たち自身を納得させ次に進むための方便だったのかもしれません。
自然災害の被害を受けた世界遺産は多いですが、
そのシンボル的な存在は
『ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの考古地区』
ではないでしょうか。
南イタリアのナポリに近いポンペイは、
紀元前よりブドウ栽培などが行われ、
最盛期には2万人近い人々が暮らしたローマの保養地でした。
それが紀元79年、ヴェスヴィオ山の噴火による火砕流と火山灰により、
何千もの人々とともに街がそのまま埋もれてしまいます。
その後、自然に対する恐れからか、
1,000年近くもこの地に街が築かれることはありませんでした。
しかし、この自然災害による歴史的な悲劇は、
その災害の特異性により、奇跡的な贈り物を人類に残しました。
激しい火砕流が瞬時にして木製の柱などを炭化させ、
乾燥作用のある火山灰が降り積もったことで、
栄えていた当時の街並みや壁画が、当時の姿のまま残されていたのです。
火山灰に包まれ太陽光に触れることもなかったため、
当時の鮮やかな色合いのまま、人々の前に現れました。
1709年に偶然エルコラーノが発見され、
その後、ポンペイの大規模な発掘が進むにつれ、
衝撃は考古学者などの関係者だけでなく、
一般の人々の間にも広がっていきました。
この時代にギリシャやローマ時代の文化を再評価する新古典主義が流行したのも
ポンペイの発掘と大きく関係しています。
古い寺社や考古遺跡を訪れると、
作られた当時はどんな色合いだったのかな、と
考えてしまいますが、
ポンペイの遺跡は、作られた当時に近い姿で、
その答えを見せてくれました。
今年は日本イタリア国交樹立150周年ということで、
森アーツセンタギャラリーにて4月29日から
『世界遺産 ポンペイの壁画展』が開催されます。
日本初公開の壁画からは、
ローマ貴族の華やかな生活や彼らの信じた神話の世界を
窺い知ることが出来ます。
ポンペイが栄えた時代は、日本では弥生時代に当たります。
その時代のものを保存状態がよいまま見ることが出来るのは、
ありきたりな表現ではありますが、
まるでタイムトリップしたかのようです。
ポンペイは現在、イタリアの文化財保護予算の削減などから、
保護・保全が十分ではないと指摘されています。
これまで火山灰の中で守られてきた遺跡が、
風雨に晒されているので保護・保全の困難さは
相当なものでしょう。
遺産の保護にはお金がかかります。
今回の壁画展の収益がどれほど遺産保護に回されるのかわかりませんが、
これまでほとんどイタリア国外に貸し出してこなかった作品まで
今回日本に貸し出された背景には、
おそらく遺産保護の資金的な面もあるのだと思います。
この機会にぜひ、ポンペイの壁画展を訪れてみてはいかがでしょうか。
壁画が残されたことに神の姿を感じるかもしれません。
最後になりましたが、
東日本大震災にて被害に合われた皆様に祈りを捧げます。
心穏やかな日々が戻りますように。
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◆ 日伊国交樹立150周年記念 世界遺産 ポンペイの壁画展
会 期:2016年4月29日(金・祝)~7月3日(日)
会 場:森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ森タワー52階)
開館時間:10時~20時(5月3日をのぞく火曜日は17時まで)
※入館は閉館時間の30分前まで
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