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■ 研究員ブログ31 ■ 世界遺産委員会を支持します

2012年6月4日からロシアのサンクト・ペテルブルクで開催されていた、
第36回世界遺産委員会が7月6日に閉会しました。

文化遺産20件、自然遺産5件、複合遺産1件が新たに追加されて、
世界遺産の総数は962件になりました。
そして、パレスチナ(PLO)、チャド共和国、コンゴ共和国、
パラオ共和国が新たに世界遺産保有国となり、
現在は157の国と地域に世界遺産が存在しています。

今回はこの「157」と関係する話です。

世界遺産センター(WHC)のHP上で現在の遺産保有国数を数えると、
「158」の国と地域の名前が載っています。
この差の「1」は何かというと、
以前「■ 研究員ブログ29 ■ エルサレム あるいは パレスチナとイスラエル」でも取り上げた
『エルサレムの旧市街とその城壁群』の保有国「エルサレム」です。

『エルサレムの旧市街とその城壁群』のある地域は、
現在イスラエルが首都として実質的に支配していますが、
パレスチナも領有権を主張しています。
そうした地域情勢に配慮して、
保有国は「エルサレム」という現在実在しない名前になっているわけです。

今回、イスラエルと同じくその「エルサレム」の領有権を主張するパレスチナに
初めて世界遺産が誕生しました。
『イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路』です。
パレスチナは昨年2011年10月末のユネスコ総会でユネスコの加盟国になったばかりなので、
ものすごい早さで世界遺産保有国の仲間入りをしたといえます。

でも、これってちょっと早すぎじゃないの? という気がしますよね。
通常、世界遺産委員会で審議される前年の2月1日までに
正式な推薦書が提出されていないといけないはずなのに、
2011年の2月1日の時点でパレスチナはまだユネスコ加盟国ではありませんでした。

どうしてこのような早さで世界遺産リストに記載することが出来たのかというと、
「緊急的登録推薦」という方法が採られたためです。

これは、自然現象や人為的活動により実際の被害を受けているか、
もしくは重大かつ明確な危機に直面している場合は、
通常の世界遺産登録の手順から外れて緊急に世界遺産リストに記載し保護する、
というものです。
2003年の大地震で壊滅的な被害を負った
イラン・イスラム共和国の『バムとその文化的景観』も
この「緊急的登録推薦」で世界遺産リストに記載されました。

パレスチナは今回、
聖誕教会の保全がイスラエルの占領政策のために困難な状況にある、として
「緊急的登録推薦」での世界遺産登録を求めました。

「緊急的登録推薦」が認められるのは、
「関係諮問機関が世界遺産の登録基準を疑いの余地なく満たすと判断した資産である」と
世界遺産条約履行のための作業指針に書かれています。
聖誕教会は文化遺産なので、ICOMOS からのお墨付きが必要になります。

しかし今回 ICOMOS は、パレスチナの遺産の審議があまりに政治的過ぎるとして、
「緊急的登録推薦」には当てはまらないとの見解を出していたのですが、
世界遺産委員会21カ国の投票により、世界遺産リストに記載されました。
2カ国が採決を棄権したので、残りの19カ国のうちの3分の2以上(13票)の賛成が必要なところ、
賛成13、反対6という、ギリギリでの可決でした。

この採決の意味は非常に大きいです。
なぜなら、「聖誕教会のある土地」を「パレスチナの領土」であると
国際機関が認めたことになるからです。

イスラエル国や、イスラエルを支持するアメリカ合衆国は当然、
今回の世界遺産委員会の決定を政治的であるとして批判しています。

『イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路』を
世界遺産リストに記載することは、
確かに意見の分かれるところだと思います。
政治的な意味合いが強いのは確かですし、
世界遺産委員会の判断がタイとカンボジアの紛争を再燃させた過去があるので尚更です。

それでも僕は、今回の世界遺産委員会の決定を支持します。

どうせパレスチナを国家として承認する、しないの判断は
世界遺産委員会がどのような決定をしようと
アメリカ合衆国が拒否権を持つ国連での場で行われるのだろうし、
その判断は大国のパワーゲームによっていつになるか判りません。

その様な状況で、遺産の保護が不十分なまま問題を先送りする方が
世界遺産の保護・保全の考え方からすると大問題です。
イスラエルとパレスチナの現状を考えても、
「今すぐ保護に動く」という判断が重要だったのだと思います。

『イエス生誕の地:ベツレヘムの聖誕教会と巡礼路』は
世界遺産リストに記載されると同時に危機遺産リストにも記載されました。

世界遺産からは話がずれるのですが、
パレスチナ問題というといつも、
ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラが
2005年にパレスチナのラマラでコンサートを行った際の
ドキュメンタリー映画を思い出します。

ウェスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラは、
ユダヤ人でイスラエル国籍を持つ指揮者ダニエル・バレンボイムと、
パレスチナ人としてエルサレムに生まれた漂泊の知識人エドワード・サイードが
サイード・バレンボイム財団を通して立ち上げたオーケストラで、
イスラエルやパレスチナ、その他、中東各国の若者が夏にだけ集まり
サマー・スクールと演奏会を行います。

イスラエルとパレスチナ、中東各国の若者たちが、
実際に互いの顔を見て、政治的なことから日常的なことまで話をし、
そしてバレンボイムの下で共に音楽を作り上げる姿を見ていて、
彼らに多くの困難が立ちはだかっていても、
硬直した世界は、こうして打開する可能性があるのだと思いました。

パレスチナ問題は難しすぎて、
どう解決すべきものなのか、何が解決の糸口となるのか、
僕にはさっぱり判りませんが、
今回の世界遺産委員会の決定が、音楽と同じように
その小さなきっかけになるといいなと思います。