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■ 研究員ブログ33 ■ 2012年の年の瀬に思うこと。

2012年ももうすぐ終わろうとしています。
早いですね。

2012年の世界遺産に関する出来事で僕が印象に残っているのは、
京都で開かれた世界遺産条約採択40周年記念最終会合と、
パレスチナからの世界遺産誕生、
そしてリヴァプールの危機遺産リスト入りです。

そのどれもに関係しているのが、
世界遺産で暮らしている人々の意識とコミュニティの重要性です。

世界遺産条約採択40周年記念最終会合で出された「京都ビジョン」には、
地域社会と先住民を含むコミュニティの重要性が強調されています。
そしてそのコミュニティの関心と要望は、
遺産の保護と管理を行っていく上で、中心的な位置を占めなければならないとされています。

これは、地域社会や住民といったコミュニティの意向を無視した
世界遺産の保護や保存はありえない、というコトです。
一方で、地域のコミュニティにとって世界遺産は、
人々の生活の質を向上させ、文化・社会への帰属意識を持たせる存在であり、
文化・社会の持続可能な開発に不可欠なものでもあります。

つまり、まず世界遺産ありきというのもあり得ないですし、
世界遺産(地域の文化遺産や自然)を否定した暮らしというのもあり得ません。

世界遺産とその地域のコミュニティが、互いに支えあう関係が重要で、
そのためにも、世界遺産から得られる「利益」は、
コミュニティに公平に分配・共有されなければならず、
遺産の保護・保全の責任も分かち合うことが必要なのです。

京都ビジョンでは、この点が重要視されています。

では、パレスチナやリヴァプールはどうだったでしょうか。

パレスチナからは、緊急的登録推薦という方法で、世界遺産が誕生しました。
こうして、ユネスコでパレスチナが「国家」と認められたのに続き、
国連でもパレスチナは「オブザーバー国家」の地位に引き上げられました。

しかし相変わらず近隣の主要なポイントをイスラエルが支配しているため、
世界遺産の「利益」をパレスチナの人々が共有できているとはいえません。
先日も報道で、外国人が到着する国際空港がイスラエルの支配下にあるために、
パレスチナ人のガイドが外国人観光客と接触することが出来ず、
「パレスチナの世界遺産」である聖誕教会の外国人向けガイドは
イスラエル人ばかりであると報じられていました。
聖誕教会の周辺で手持ち無沙汰にしているパレスチナ人ガイドにも
ずいぶんと不満が溜まっているようです。

これでは地域コミュニティが、世界遺産に関与できていないが故に、
保護や保全が適正な方法で行われない懸念があります。
危機遺産リストから脱するためには、
地域コミュニティ自体が世界遺産に関与して、
世界遺産に関係する経験や知識を共有する必要があります。

一方でリヴァプールは、地域コミュニティ自体の判断が
世界遺産を次世代に引き継いでいく上で正しかったのかが問われています。

リヴァプールでは大規模なウォーターフロント計画が問題視され、
危機遺産リストに記載されました。
約7,000億円かけたこのウォーターフロント計画で、
約2万人の雇用が創出され、地域経済が活性化するとされています。

確かに、地域経済の活性化の問題は重要で、
旧市街や古い街並に暮らす人々は、
不便でも旧態依然な慎ましい生活を送らなくてはならない、
ということではなく、
そこで暮らす人々にも生活や仕事、余暇での環境を改善して、
生活の質を上げる権利があります。
これは1972年のリオデジャネイロでの地球環境サミットで出された
アジェンダ21にも謳われていることです。

しかし、歴史的都市に暮らす人々は、
その方法に気を遣わなければなりません。

2005年の世界遺産条約締約国会議で出された
「歴史的都市景観の保護に関する宣言」には、開発で現代建築を立てる際、
「経済成長の促進のための開発に対応する一方で、
街の風景や景観を尊重することが一番の課題である」とされています。
また世界遺産の普遍的価値の保護は、
「どんな保護方針や運営方針よりも中心に据えられるべきであることをより深く再認識」
することが必要であるとも書かれています。

つまり、経済成長のための開発は必要だけれど、
世界遺産の価値を落とすような開発はすべきでない、とされているのです。
現代建築は、歴史的景観の価値を高めるもので、
かつ歴史的都市景観に溶け込むものでなければならないと。

その点で、今回のリヴァプールのウォータフロント計画には問題がありました。
今のままでは歴史的景観の価値を貶め、別の街になってしまう、
という懸念が世界遺産委員会で示されたのです。

経済問題を優先したいという地域コミュニティの判断も理解できますが、
その手段を間違えば、地域自体の価値を落としてしまうということを
もう少し考えるべきだと思います。

そのためにも、世界遺産に登録された価値は何なのか、
それが自分たちの文化や社会、歴史にとってどのような意味を持つのか。
そうした共通認識が地域コミュニティには求められています。

世界遺産を保護・保全するのに必要なのは、もちろんお金ですが、
それよりもそのお金をどのように使うのか、という理念や共通認識がもっと重要です。

日本でも2013年には世界遺産が増える可能性がありますが、
世界遺産になった、ということだけを喜ぶのではなく、
その世界遺産をどのように守り伝えていくのか、ということを、
その地域で暮らす人々だけでなく、日本人全員で考えていかなくてはなりません。
世界遺産はなった後のほうが「面倒くさい」のです。

僕が東京に来て最初に住んだ湯島天神界隈は、
この季節になると、青竹も瑞々しい注連飾りなどが軒先に飾られ、
ほんの小さな注連飾りであっても
日本の季節……というと変なのですが、
日本の正月がくるんだなと、感じたことを思い出します。

新しく便利な生活は快適で手放せないのですが、
面倒なものでも、古い伝統的な生活や慣習も残していきたいなと思います。

それでは皆さま、
2012年もありがとうございました。
よいお年をお迎えください。