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■ 研究員ブログ59 ■ 遺産がつなぐ記憶……飛鳥・藤原の宮都

FRANCE-MUSIC-JAZZ-FESTIVAL

あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖ふる
(『万葉集』額田王)

僕は名古屋の比較的新しい新興住宅地で育ちました。
そのためか、学校の社会科で習う歴史は
教科書の中だけにある、どこか遠くの話で、
自分の日々の生活との間につながりは感じられませんでした。

歴史に登場する出来事や風景は全て
モノクロのイメージだったのです。

そんなイメージが大きく変わったのが、フランスでの経験です。

フランスにヴィエンヌという、ローマの植民都市であった小さな街があります。
毎年そこでは夏にジャズ・フェスティヴァルが開催されていて、
その会場が、保存状態のよい古代ローマ劇場でした。

僕が留学していた街からそれほど遠くなかったこともあり、
友人達と一台の車にぎゅうぎゅう詰めに乗って、
何度かコンサートを聴きにいきました。

コンサートは夕方から始まります。
夏のフランスの乾燥した空をジャズが埋め始めるのと同じくして、
少しずつ空の青色は色味を増し、太陽が西に傾いていきます。
そしてコンサートが盛り上がりを見せる頃に、
太陽は必ず古代ローマ劇場の舞台の奥にある山に沈んでいくのです。

それを見ながら、古代ローマ時代の人々も、
同じようにここに座ってローマ劇場の奥の山に沈む夕日を見ていたのだろうと、
なんだか震えるような不思議な感覚に陥りました。
歴史上の人々も出来事も確実に、今ここにいる僕につながっているのだと。

そんな思いを僕に抱かせる遺産が日本にもあります。
暫定リストに記載されている『飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群』です。

僕が奈良に行く時、嬉しいことに美しい満月の夜が多いのですが、
月明かりが照らす大和三山を、きっと飛鳥・藤原時代の人々も
同じように見ていたのだろうなと思うのです。

構成資産にも含まれている大和三山(香具山、耳成山、畝傍山)を詠んだ
有名な一句が『万葉集』の中にあります。

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香具山は 畝火ををしと 耳成と 相あらそひき 
神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ
うすせみも 嬬をあらそふらしき
(『万葉集』中大兄皇子)
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「大化の改新」でも有名な中大兄皇子が詠んだこの句は、
大和三山を男女の神々に見立て、恋愛模様を表現したものですが、
その背景には、中大兄皇子と弟の大海人皇子、
そして額田王の関係があるとも言われています。

額田王は大海人皇子の寵愛を受けていましたが、
後に中大兄皇子(天智天皇)の寵愛を受けるようになります。

その額田王が、天智天皇の宴で詠んだ句が、冒頭の一句です。
袖を振っている君が、大海人皇子というわけです。
額田王の心は、天智天皇か大海人皇子か、どちらにあったのでしょう。

大化の改新を成し遂げ権力を誇った中大兄皇子(天智天皇)の勢力も、
その後継者争いで壬申の乱が起こり、大海人皇子(天武天皇)に敗れます。
天武天皇の死後、天武天皇の妻で天智天皇の娘である持統天皇が即位し、
その持統天皇の死後、持統天皇の妹で義娘でもある元明天皇が平城京に遷都します。
……ややこしいですが、ここで『古都奈良の文化財』につながります。

一方で、中大兄皇子に「大化の改新」で敗れるまで権力を握っていたのが、
豪族の蘇我氏です。

構成資産に入っている「石舞台古墳」は蘇我馬子の墓だと考えられています。

蘇我馬子は、厩戸皇子(聖徳太子)と共に仏教への信仰を力に、権力を掌握しますが、
現在も評価が高い厩戸皇子(聖徳太子)とは異なり、
蘇我馬子は横暴な豪族として描かれることが多い人物です。

しかし、『古事記』も『日本書紀』も、
「大化の改新」で蘇我氏の勢力を奪った藤原氏(天智天皇が賜った姓)によって
書かれたものです。当然、蘇我氏をよく書くわけがありません。

『飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群』の構成資産には
実はまだまだよくわかっていない点が多いのです。

蘇我馬子や厩戸皇子(聖徳太子)はどんな人物だったのでしょうか。
石舞台古墳や牽牛子塚古墳には、本当は誰が葬られていたのでしょう。

『古都奈良の文化財』は奈良時代と呼ばれる藤原氏の勢力を証明する遺産群です。
『飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群』はそれ以前の日本の歴史、
天皇を中心とした統一国家の形成から成立までを証明する遺産なのです。
そして厩戸皇子(聖徳太子)に関係する『法隆寺地域の仏教建造物群』。

奈良の月や山々、木々などを見たり、
『日本書記』や『万葉集』を読んでいると、
想像がどんどんと膨らんでくるのは僕だけじゃないはず。

世界遺産を守り残す、ということは、
こうした人類の記憶や思いを受け継いでいくことなのだと思います。
だって、絵画や写真といった記録ではなく、
実際に残っていて初めて感じられるコトだって多いのですから。
まぁ、世界遺産だけに限った話ではないですが。

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あをによし ならの都は 咲く花の 薫ふがごとく いま盛りなり
(『万葉集』小野老)
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咲く花の香る春まで、もうあと少しですね。