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■ 研究員ブログ68 ■ 明治日本の産業革命遺産⑤:世界遺産はナショナリズムを満たす場所ではない

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前回のブログ「明治日本の産業革命遺産④:ICOMOSの勧告を予想」で、
「情報照会」までの勧告であれば、
世界遺産委員会の本会議で「登録」決議にもっていくことは可能だろうと書きました。

これは見方を変えれば、「登録延期」勧告であった場合、
本会議で「登録」決議を逆転で勝ち取るというのは非常に難しい、ということです。

「登録延期」勧告というのは、4段階の勧告のうち、
「不登録」に次いで下から2番目の低い勧告です。
「不登録」というのは「世界遺産としての価値はありませんよ」という身も蓋もない勧告で、
「登録延期」というのは、それより少しマシ、
「世界遺産としての価値はあると思いますが、登録するにはまだ早い、色々と不十分です」
という厳しい勧告です。要は、出直して来い、ということ。

ですから、「登録延期」勧告から2段階アップの「登録」決議というのは、
もともと難しい流れではあります。

しかし、そうした逆転「登録」決議がないわけではありません。
日本でも『石見銀山遺跡とその文化的景観』が、
「登録延期」勧告からの大逆転の世界遺産登録でした。

そして近年、世界遺産委員会の決議への政治力の影響が大きくなっていますので、
「登録延期」勧告でも可能性がないわけではありません。
2014年の世界遺産委員会でも、9件の遺産が
「登録延期」勧告から世界遺産登録になりました。

しかし、「明治日本の産業革命遺産」の場合、
「登録延期」勧告が出てしまったら、
本会議での逆転は、非常に難しいと僕は思っています。

なぜなら、日本と同じく世界遺産委員会の委員国になっている韓国が、
「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産登録に反対しているからです。
(実際にどれほど反対しているのか不明ですが、
報道を見る限りでは反対表明をしているようです。)

ただでさえ「登録延期」勧告からの逆転登録は難しいのに、
委員国内で明確に反対を表明している国があれば、
世界遺産委員会21カ国の3分の2を集めて「登録」決議を得る可能性は
かなり低くなることでしょう。

韓国は今回、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産となっている製鉄所や炭鉱で、
朝鮮の人々が強制徴用された歴史があり、そうした遺産の登録は、
世界遺産の精神と趣旨に合わないとしています。

僕は韓国のこの主張には疑問があります。

世界遺産というのは、各国の文化や歴史を理解し、
世界の多様性を互いに知るためのものです。
遺産のひとつの側面を取り上げて、
歴史問題として批判するものではありません。

武器や黒人奴隷の三角貿易で栄えた英国の『リヴァプール海商都市』や
多くの黒人奴隷を所有したトマス・ジェファソンの私邸を含む
アメリカ合衆国の『シャーロットヴィルのモンティチェロとヴァージニア大学』が、
その一側面から、世界遺産としての価値を否定されることはないのです。

しかし、その一方で日本の側は、韓国の主張にしっかりと耳を傾ける必要があります。
「明治日本の産業革命遺産」を見ていると、
産業遺産の輝かしい側面や力強い経済成長、よい社会変革の姿ばかりが強調されていますが、
その背景には朝鮮人を含む労働者の強制徴用や、危険と隣り合わせの労働環境での重労働など
多くの人々の犠牲がありました。一部の財閥や資本家による富の独占も事実としてあります。
環境破壊も忘れてはなりません。

世界遺産登録をめざす私たち日本人が特に、
そうしたマイナス面があることを、しっかり認識しなければならないのです。
世界遺産になれば、マイナス面を含む多面的な遺産であることを
発信することも求められます。責任はとても重いです。

最近の世界遺産登録にまつわる盛り上がりを見ていると、
世界遺産がナショナリズムを高揚させる場になっているような気がして、
怖くなることがあります。

日本の遺産が世界遺産に登録されるのは、
もちろん日本で生まれ育った者としてとても喜ばしいのですが、
それは「日本にある」「個々の遺産」が評価され、国際条約の保護の対象となっただけで、
「日本が世界から認められた!」とか「日本がすごい文化をもつ国だと賞賛された!」
ということでは決してありません。

日本にも素晴らしい文化や歴史を証明する遺産があるように、
世界にも同じように素晴らしい文化や歴史を証明する遺産があります。

それを互いに認め合い尊重するということを、
今回の世界遺産登録もひとつのきっかけとして、
世界中の人々で考えていけたら嬉しいです。