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■ 研究員ブログ118 ■ 沖ノ島……イコモスの報告書から見えてくる8資産登録の困難さ

「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」に関し、
政府はイコモスから除外を勧告された4資産を含めた、
当初の推薦通りの8資産での世界遺産登録を目指す方針を固めたようですね。

宗像・沖ノ島の「信仰の文化的価値」を考えれば、
8資産全体で登録を目指す、というのはよいと思います。
やはり沖津宮、中津宮、辺津宮の三社は一体で考えてもらった方がよいからです。

ただ、イコモスからユネスコに出された報告書を見ていると、
8資産での登録は、かなりハードルが高そうに感じてしまいます。

イコモスは2016年9月の現地調査の後、
10月に日本に対して追加情報の提出を求めました。

そこでは、
・8つの構成資産を選んだ合理的な説明
・信仰の実践やその変遷、神社群の歴史とその変容に関する情報の情報源
・みあれ祭りが確立された時期に関する情報の情報源
・現在進行中もしくは計画段階の開発プロジェクトの説明
などが求められたようです。

それに対して日本から追加資料が提出され、
推薦書と追加資料に基づいて、今回の報告書が作成されました。

しかし、イコモスの報告書には、
日本が出した情報の「内容不足」や「説得力の少なさ」に対する指摘が、
何度も出てきます。

推薦書では、沖ノ島を『厳島神社』や『琉球王国のグスク及び関連遺産群』と
比較しているのですが、
沖ノ島とその2件の世界遺産では、世界遺産としての価値が異なっており、
比較にならないと指摘されているだけでなく、
日本が追加提出した資料で比較した資産は、
沖ノ島では儀礼が継続していなかったことを示していると、
日本が考えているのとは逆の評価さえされています。

また、宗像信仰が継続してきた証拠として日本が推薦書に書いた
「日本書紀」や「古事記」に記載があるとの証拠も、
神社の名前が受け継がれている、という証拠にすぎず、
場所については証明されていないだけでなく、
追加資料でも辺津宮(九州本土の宗像大社)の歴史にしか触れておらず、
そこでも1675年に辺津宮が移設されていると記載されているので、
過去と現在の継続性は証明されない、とあります。

沖津宮(沖ノ島)が記述に登場するのは17世紀半ばで、
宗像の三社の位置的な神格が確定するのは20世紀に入ってからにすぎず、
それまでは資料によって記述も異なり、証拠としては不十分である、と。

他にも、沖ノ島と辺津宮は遠く離れており、
その関係性が充分に証明されていない、とか
沖ノ島と中津宮の関係が言及されるのは1750年が最初である、とか、
信仰の連続性が証明されていないことが何度も指摘されています。

儀礼が「どのように」「なぜ」変化したのかが示されていないともあり、
これは、今回の遺産価値の中心でもある
「古代の自然崇拝から現在へと続く信仰形態の変遷が見られる」という点が、
まったく推薦書と追加資料からは分からないという評価です。

イコモスは専門家です。
専門家を納得させるには「明確な証拠」が必要となります。

イコモスは「西欧的な価値観」に基づいているから、
「日本的な目に見えない信仰」というのは評価されにくい、
なんて意見がしばしば見られますが、
報告書を読んでいると、そんな曖昧な理由ではなく、
日本が作った推薦書や資料に説得力がなく、
その結果が今回の勧告内容であったことがよくわかります。

確かに、僕たち日本で生まれ育ってきたものにとっては、
自然信仰と神道の関係性は、説明しなくても
なんとなくではありますが、肌で理解しているところがあります。
しかし、異なる文化背景をもつ人に説明するためには、
確固たる証拠が必要となるのです。
周囲を固める証拠ではなく、そのものを証明する証拠が。

これは、かなり困難なことです。
古代から現代まで続く信仰の明示的な証拠なんて
ほとんどないからです。

ですので、今回は聖地として信仰の対象であったことが分かる
明らかな証拠が残されていた「沖ノ島」だけに登録勧告が出たのでした。
イコモスは宗像・沖ノ島の信仰自体を否定したわけではなく、
その証拠を出してくださいね、と言ったわけです。
専門家としては、しごく真っ当な指摘だと思います。

8資産で登録を目指すためには、
イコモスから証明が不十分とされた、
さまざまな内容の証明が必要となります。
これはかなり困難な作業だろうなと
報告書を読んで僕は思いました。

世界遺産登録の審査は年々厳しくなっており、
推薦書等を準備される方々も本当に大変だと思います。
そのご苦労が世界遺産登録という形で報われることを祈っています。

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