■ 研究員ブログ104 ■ 驚きだらけの世界遺産委員会2016。登録勧告でも安心できない!?
2016年の世界遺産委員会が予定を2日早めて17日に終了しました。
このような衝撃的な出来事が、いまでもこの世界には起こりうるのだと、
朝から本当に驚いてしまいました。
世界遺産委員会開催国のトルコで起きたクーデタです。
新規登録物件の審議を中断して終了することも考えられましたが、
新規登録物件の審議までは何とか終えて、
残りは10月にパリで開催される臨時の世界遺産委員会に持ち越しとなりました。
この世界遺産委員会で、12件の文化遺産、6件の自然遺産、3件の複合遺産が登録され、
合計では21件増の1,052件となりました。
また、ミクロネシア連邦とアンティグア・バーブーダから新たに世界遺産が誕生し、
世界遺産を保有している国は、192加盟国中165カ国となりました。
危機遺産の登録数は、前回の「研究員ブログ103」でもお伝えした情報から追加はなく、
危機遺産リストへの新規追加が8件、リストから脱した遺産が1件で、
合計では55件です。
今回の世界遺産委員会での新規登録の傾向は、
審議された遺産が概ね順調に登録された、ということです。
諮問機関と事前に意見交換が出来るようになったために、
登録が難しいと考えられていた遺産の推薦書がいくつか取り下げられた、
ということももちろん理由のひとつだとは思いますが、
「登録延期」勧告であった遺産も、8件中7件が登録されたので、
基本的にはほぼ全て登録されたと考えてよいと思います。
クーデタにより審議を急いだという側面も否定はできません。
しかし、今回の世界遺産委員会ではまだ驚くことがありました。
……クーデタ以外で。
それは、イコモスから「登録」勧告が出ていたカナダの遺産が
世界遺産委員会で「情報紹介」決議となったのです。
これまで「ダンの三連アーチ」のように、
審議自体が延期になったことはありましたが、
「登録」勧告が「情報紹介」決議となった例を、僕は知りません。
理由は、勧告が出された後、
先住民のピケンジカム族が世界遺産登録への支持を取り下げたことで、
遺産の保護・保全体制に重大な変更があったためです。
近年、世界遺産委員会では遺産周辺のコミュニティを重視しているため、
この、先住民が登録を望んでいないという状況は、
看過できるものではなかったのだと思います。
これは、今後の世界遺産登録にとっても示唆に富んだ出来事でした。
そして、今回の世界遺産委員会の驚きはまだまだ終わりません。
日本の「国立西洋美術館本館」を含む
『ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献』が
無事に世界遺産登録されましたが、
なんと認められた登録基準が、推薦時の(ii)(vi)ではなく、
(i)(ii)(vi)の3つになっていた点です。
前回の「登録延期」決議の後に外した登録基準(i)が
最終的には認められたということになります。
推薦時の登録基準に、別の登録基準が追加される例は
初めてではないようですが、珍しいことだと思います。
最後になりますが、
今年の世界遺産委員会が突きつけた現実はとても重いものでした。
クーデタ自体は世界遺産委員会とは別の文脈のものなので
ここでは言及しませんが、
今回のクーデタと世界遺産委員会が明らかにしたことは、
当然わかっていたコトなのですが、
文化財などの保護は、人々の生命や人権、政治体制の維持の前では、
優先順位が大きく後ろになってしまう、という現実です。
戦後や紛争後などに落ち着いてくると、
人々は非常事態の最中でも文化財を守らないといけない、
と考えるのですが、やはり最中は難しい。
しかし、これをどうにかしないと
遺産の保護・保全は究極的には成立しません。
かといって、それが人々の生命や人権、政治体制の維持に優先するかといえば
やはりありえないでしょう。
「人」が遺産を守り、「政治体制」が遺産を守るのですから。
これはどこから考えてゆけばよいのでしょうね。
文化遺産や自然遺産、もっといえば、
文化や歴史、自然環境そのものを将来世代に残さなければならない
私たち全員への宿題です。
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