■ 研究員ブログ123 ■ 嬉しい反面、少しもやもやした宗像・沖ノ島の世界遺産登録
九州北部を中心とする地域で大雨による甚大な被害が出ています。
被害にあわれた皆さま、地域の皆さまにお見舞い申し上げます。
また『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』の世界遺産登録にご尽力された皆さま、
地域の皆さま、本当におめでとうございます。
今回の世界遺産登録が少しでも被害にあわれた皆さまの活力となることを願っています。
クラクフで行われている世界遺産委員会。
『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』の審議は、
韓国代表の方から福岡の方々へのお見舞いの言葉から始まりました。
あのような気遣いはとても嬉しいものです。
「宗像・沖ノ島」の審議では、「登録」はほぼ前提で、
イコモスの勧告内容に沿うかどうかというところを中心に
各国代表が意見を述べました。
日本からの推薦書は、
構成資産を「沖ノ島」と「宗像大社中津宮」、「宗像大社辺津宮」などを含む
8資産で構成する。
登録基準は(ii)(iii)(vi)が該当する。
という内容でしたが、
イコモスから事前に出された「登録」勧告では、
大まかに言って次の2点が焦点でした。
① 構成資産を沖ノ島と周辺の岩礁の4資産とする
② 登録基準は(ii)(iii)のみ認める。(それも沖ノ島と周辺の岩礁のみ)
この中で特に各国代表が積極的に発言したのが、①の構成資産の数です。
議長も「4なのか8なのか」と、構成資産数をはっきりさせようとしていました。
各国代表の多くが、
8つの構成資産は文化・歴史的に一体のもので、
8資産で登録することがふさわしいと、
日本の推薦内容を支持する発言をしてくれたため、
最終的に8資産全て含む形で、
『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』が世界遺産に登録されました。
日本としては、「沖ノ島」の信仰は、
「宗像大社沖津宮遥拝所」や「宗像大社中津宮」、「宗像大社辺津宮」と
結びついているものですので、
8資産全てで登録されたことは、よかったと思います。
特に「宗像大社沖津宮遥拝所」は、
とてもよく日本の信仰の姿を表している資産ですので、
そこが「沖ノ島」の信仰と一体であると認められたことは、喜ばしいです。
一方で、登録基準は(vi)が認められず、
イコモスの勧告通り、登録基準(ii)(iii)のみでの登録となりました。
『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』で
「信仰や生きた伝統」と結びつく登録基準(vi)が認められなかった
ということの意味をよく考える必要があると思います。
ここからは書くべきかどうか迷ったのですが、
「世界遺産」について考えてもらいたいので少しだけ書くことにします。
以前、「研究員ブログ118」でも書きましたが、
イコモスからの勧告内容は結構厳しいものでした。
しかし、今回の世界遺産委員会の審議を聞いていると、
各国代表の多くは「8資産で一体としての価値があるから8資産で登録がふさわしい」と
日本が求めている通りの発言をしている一方で、
イコモスが指摘していた「一体としての価値の証拠がない」ことについては
ほぼ触れられていませんでした。
登録基準というのは、「世界遺産になる理由」です。
今回の審議は、誤解を恐れずに言えば、
「世界遺産になる理由はよくわからないけど、
日本が8件でといってるから、8件でいいんじゃないの」といった
乱暴な議論だったようにも見えるのです。
なぜなら、「世界遺産になる理由」である登録基準は
イコモスの「沖ノ島とその周辺の岩礁でのみ、(ii)(iii)を認める」
という勧告に従いながら、
イコモスが、登録基準のどれも当てはまらないとした資産を、
確たる根拠も示さず登録させたのですから。
どこか手放しで喜べない、もやもやとした気持ちが残ってしまいます。
特に、イコモスからは「信仰や生きた伝統」と結びつく登録基準(vi)は
「沖ノ島でも認められない」と勧告され、
それが世界遺産委員会の決議にもなったわけですから、
『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』が
古代から現代まで続く信仰の遺産であるという説明は、
最も重要な遺産価値の説明としてあまり正しいとはいえない、
ということになってしまいます。
(登録基準(iii)で認められた中にも信仰の要素があるのでよいのですが。)
近年の世界遺産の考え方の中で、
遺産のある地元を重視する、というものがあります。
また日本の重要文化財保護法というのは、
文化財の保護に関しては世界に誇れるすばらしい法律だと思います。
しっかりとした法律の下で守られているから保全も問題なく、
地域の人々が世界遺産登録を機に、地域の文化や歴史に対する理解を深め、
自分たちのアイデンティティを強化できるという目的のためである、
というのなら、今回のような世界遺産登録もよいでしょう。
「世界遺産としての価値」はあまり重視せず
「世界遺産になることによる地域へのプラスの影響」を重視する、
というのも世界遺産活動のひとつの方向性ではあります。
実際、今回の世界遺産委員会では、
「登録延期」勧告の遺産がどんどん登録され、
世界遺産登録の主旨はそちらにあるのだなと感じてもいます。
ともあれ、世界遺産登録されたことはとても喜ばしいので、
ぜひ地域の人々は世界遺産登録をきっかけに、
地域の理解を深め、情報発信していってもらいたいと思います。
最後になりましたが、審議の最後に韓国の代表の方が
さまざまな文化的背景や歴史観をもつ人々が集まる国際会議における
発信の仕方について示唆に富む発言をされました。
日本としては反論できるところもありますが、
国際社会での発信には気を遣わないといけないなと考えさせられるものでした。
現在の東アジア情勢の中で、変な切り取られ方をされるのは嫌なので、
韓国の代表の方の発言内容はここでは触れませんが、
一部メディアが報じているような悪意のあるものではありません。
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