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■ 研究員ブログ124 ■ なぜ来年の世界遺産委員会の開催地は決まらなかったのか?

7月12日、ポーランドのクラクフで開催されていた
第41回世界遺産委員会が閉幕しました。

今回の世界遺産委員会で、18件の文化遺産、3件の自然遺産が登録され、
合計では21件増の1,073件となりました。
また、アンゴラ共和国とエリトリア国から新たに世界遺産が誕生し、
世界遺産を保有している国は、193加盟国中167ヵ国となりました。

危機遺産リストの登録数は、
新規登録物件の審議後に1件危機遺産リストから外れることが決まり、
危機遺産リストへの追加が2件、リストから脱した遺産が3件で、
合計では54件になります。

今回の世界遺産委員会は、前回から引き続き、
推薦された遺産がどんどん登録されたな、という印象です。

登録範囲の拡大も含めると
「登録延期」と「不登録」の勧告が出ていた15件のうち、
7件が登録された他、
イコモスが現地調査できなかったために勧告を出せなかった遺産が
世界遺産登録されました。

そして前回の「研究員ブログ」でも書きましたが、
『「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群』では
イコモスの勧告が覆されて、8資産全てで登録されました。

勧告の概要を見て驚いたのですが、
世界遺産がもっているとされる「顕著な普遍的価値(OUV)」が、
宗像・沖ノ島では、「暫定的(provisional)」であるとされている点です。
「顕著な普遍的価値」が明らかではない遺産を
「世界遺産に登録する」ということはどういうことなのか。

世界遺産に登録されるのはとても喜ばしいことですし、
地元の人々にとって活力となるとは思うのですが、
「世界遺産とは何なのか」ということを考えるためにも、
今回、「暫定的な顕著な普遍的価値」しか認められていない点を
よく知ってもらいたいなと思います。
これを本当に「顕著な普遍的価値」をもつ遺産へと昇華させる努力が
これから求められているのです。

「登録延期」や「不登録」の勧告がでている遺産を登録させることは
「毒入りのリンゴを贈るようなものだ」との表現がありました。
世界遺産活動は何のためにやっているのか、
方向性をクリアにすべきところにきているのかもしれませんね。

また、今回の危機遺産リストに関する審議は興味深いところがありました。

最後に遅れて危機遺産リストから脱したのは
ジョージアの『ゲラティ修道院』です。

おや? と思った方もいらっしゃると思います。
ここはかつて『バグラティ大聖堂とゲラティ修道院』という名前でした。
危機遺産リスト入りする原因となっていたのが
「バグラティ大聖堂」の修復の仕方が真正性を欠いているということだったのですが、
今回、そのバグラティ大聖堂そのものを世界遺産の構成資産から外すことで、
世界遺産としては『ゲラティ修道院』だけとなり、
危機そのものが世界遺産の構成資産からなくなったため、
『ゲラティ修道院』は危機遺産リストから外されました。

また危機遺産リスト入りした2件は、
最近の危機遺産の傾向をよく表しています。

1件は「都市開発と景観問題」が理由の『ウィーンの歴史地区』です。
これまで何度も指摘されていた市庁舎横の
「ウィーン・アイススケートクラブ」と「インターコンチネンタル・ホテル」の再開発計画が、
世界遺産委員会で問題視されていた高層ビルによる景観破壊を考慮していないためです。

都市部での再開発計画の多くは、住民の生活の利便性向上や経済の活性化が理由です。
これはそこに住む人々の「生活の質」を向上させるためのものともいえるのですが、
再開発の仕方を誤ると、逆に「生活の質」を下げることにもつながります。
特に景観の破壊は、地域の人々のアイデンティティにも関わることですし、
ウィーンのような観光都市では観光客の不満足度にもつながってしまいます。

都市開発と景観の問題は、都市部の世界遺産ではよく問題になることです。
ロンドンでもケルンでも、セビーリャでも。
ユネスコでは2005年に「歴史的都市景観の保護に関する宣言」が採択され、
開発と文化的景観の保護について考えが示されていますが、
地域の人々全体が同じ方向を向いていくというのは、
やはり難しいなと思いました。

もう1件は「紛争などによる保全の不備」が理由で
新しく世界遺産になると同時に危機遺産リストに記載された
パレスチナの『ヘブロン:アル・ハリールの旧市街』です。
これは先述した「イコモスが現地調査を行えなかった遺産」です。

この地は、イスラム教とユダヤ教、キリスト教の共通の始祖とされる
アブラハムの墓があるとされる古い街で、
「アブラハムのモスク(マクペラの洞穴)」では、
同じ敷地内で、ユダヤ人とパレスチナ人が壁を隔ててそれぞれの神に祈りを捧げています。
現在、『ヘブロン:アル・ハリールの旧市街』のあるヨルダン川西岸地区は
イスラエルとパレスチナの衝突がくり返されており、
遺産の保護に多くの課題があります。

『ヘブロン:アル・ハリールの旧市街』が登録されることで、
この地が「パレスチナの遺産」であるという国際的な認識となることに
イスラエルが強く反発し、世界遺産委員会でも大きくもめました。
結局、投票が行われ世界遺産登録されたのですが、
このやり方がよかったのか考えさせられるところもあります。

パレスチナの3件の世界遺産は、
3件とも緊急的登録推薦で推薦され、
先の2件はイコモスの「不登録」勧告を覆しての「登録」決議で、
今回はイスラエルが拒否したことでイコモスが勧告自体を行えない状態での
「登録」決議でした。

イスラエルのやり方には疑問を覚えることも多いですが、
その反面で、世界遺産登録を反イスラエルの行動の手段としていることにも
少なからず疑問があります。
僕が考えていることは、紛争地域から遠く離れた場所での空論に過ぎないのですが、
世界遺産活動を考える上では、完全に納得できる登録ではない気がします。
難しいですね。

最後に、今回の世界遺産委員会で
現在の「世界遺産活動の縮図」とも言えるような出来事がありました。

普通、世界遺産委員会の最終日に、翌年の世界遺産委員会の場所が決まるのですが、
今回はそれが決まらず、11月のパリのユネスコ本部での会議まで先送りされました。

次回の世界遺産委員会の開催地を引き受けるという、公式な立候補がなかったためですが、
それならば、パリのユネスコ本部で開催しては? というカナダ代表の質問に対し、
ユネスコは「世界遺産委員会を開催するお金がない」と答えたのです。

ユネスコの、世界遺産活動の資金はかなり厳しい状態にあります。
パレスチナ関連により、最大の分担金拠出国であったアメリカ合衆国が
2011年以降、分担金の拠出を停止しているだけでなく、
イスラエルも同時に拠出を停止しています。
分担金の拠出に関しては、各国様々な理由があると思いますが、
文化活動にお金をかける、という意識がないと、
ユネスコの活動は立ち行かなくなると思います。
ユネスコ自身も改善していかなければならない点は少なくないですが、
ユネスコの活動が滞ると困るのは加盟国のはずです。
加盟国が困るというのは、世界遺産をもつ地域の人々にも影響があります。

世界遺産登録と同時に、世界遺産活動にも関心をもっていってもらいたいなと
強く感じた世界遺産委員会でした。

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