◆世界遺産クラブ通信◆「日光の社寺修復現場見学会」報告-4
【日光の社寺修復現場見学会】
参加者の声
世界遺産クラブの活動の一環として、日本の世界遺産を実地に見学し、遺産の継承に役立つ可能性を考える趣旨で催された見学会。その第一回目は成功裡に終了し、参加された方々からも多くの’熱い’コメントが寄せられました。その中から、今回の貴重な体験を通して感じたこと、強く印象に残ったことなどを抜粋し紹介させていただきます。
<大村会員>:
●輪島塗などの漆器工芸は後継者がいるが、建造物の漆塗り修繕をする人が少ないのは切実。もっと一般の人々への認知向上を図り、仕事内容と「やりがい度」を理解してもらおうと、保存会の方が講演などで話をしている。日本人ならではの手先の器用さが不可欠の技術を守っていく必然性を、現場見学を通して痛感し、こうした仕事に携わる人たちの待遇等も十分に保障できるような国や県の体制づくりも望みたい。 ●はじめは『朱漆』が権力の象徴だったという神社だが、時代が下るにしたがい『黒漆』の方が格上になったというのは興味深い。「色と権力の関係の変遷」も調べてみると面白そうだ。
<越智会員>:
●さりげなく見ていた歴史的構造物、その一つ一つの部品に当時の技術と職人の思いが込められていることを明確に教えられる。伝統を守ることを自らの天職と課して黙々と仕事をこなす人達を目にして、日本人のスゴさも知ったような気がする。江戸時代当時の建築に関わった職人たちも、その多くが歴史に名を残すことはなかったであろう(左甚五郎伝説しかり)。●漆師に加え、多岐に亘る職人・技術者たちが、これまでの修復作業に関与してきたのは言うまでもないが、「日光社寺保存会」の組織の直営施工部門に、彩色技術スタッフ6名と並んで漆塗技術スタッフ5名を有することは、この遺産維持における漆塗技術・作業の重要さを表していると思う。気候条件の厳しい日光山中にあって、施設の耐久性を保持するための、かけがえのない技術。決して快適とはいえない現場環境の中で黙々と作業をする職人たちが輝いてみえた。●大猷院本殿正面の大柱は、けやきの素材の上に18層の漆塗りが施されているが、一見するとそんなふうに見えない。透塀の塗装も同様。●神仏分離令により、強引に区分けされた日光の社寺を、黙して守ってきた僧侶たち、神職たちには複雑な思いがあったのであろう。●日光は首都圏から近く地理的にも有利なので、日本の文化遺産の代表例としてその遺産価値を多くの日本人および海外からの来訪者に知らしめる情報発信センター的な機能を期待。一般向け修理現場特別公開(11月15日~16日)のような機会を今後も続けて欲しい。
<小六会員>:●まず、見学会そのものが無事終わり、本当に良かったと安堵。今回の見学会は発案当初から携わってきたこともあり、実に多くのことを学んだ。特に、漆塗りについては事前勉強会の資料作成もしたので、かなりの知識を得ることができた。●日光に限らず、世界遺産を守り、保存していくことがいかに大変なことであり、そのために多くの方々が懸命に努力されていることを深く再認識。見学会で得たものを無駄にしないためにどうすればよいかを考え、何らかの形で具体化できればと思う。
<志水会員>:
●今まで何度も東照宮を訪れているが、今回のように普段公開されていない部分を至近距離で、しかも専門の方の説明を受けながら見ることができ、大変貴重な体験だった。漆塗りの工芸的な美しさを表現するための夥しい手間と、何世代も継承してきた技術の重さも目の当たりにすることができ、感動。木造建築物を何百年も保存するための日本独自の伝統技術としても、漆塗りは重要な役割をしていることを学んだのは大きな収穫である。これは、ヨーロッパの石造建築にはない日本の誇れる伝統芸術。やはり気になったのは技術継承者が見つかりにくいことだが、佐藤氏のご子息が後継者となったと聞き、救われたような気持ち。
<谷会員>:
●東照宮は漆塗り・彩色などの外装の技術が特に優れているという。佐藤氏のおかげで、現場の修理の様子を進行状態が異なるいくつかの箇所で、素晴らしいものを目にすることができた。38工程の細かな作業が一本の太い角柱に順次施され、ひと目で各工程の仕上がり状態がわかるよう工夫されている。これだけの工程を建物のあの広い側面に施すことは、気の遠くなる作業に思われるが、歴代のクラフツマン達が一生かけて編み出し守ってきた技術を伝承し、新たに実施していくことは、佐藤氏をはじめとする現代のクラフツマン達の誇りと喜びなのであろう。適度の湿度がないとうまく乾燥しない漆は、傍らに濡らした布を吊るすなど工夫が必要だが、その湿らせ具合を正確に決定できるのは佐藤氏だけとか。漆塗りは世界遺産を支える日本特有の技術の一つとして伝承されていくべきものであり、海外にも紹介していきたいものだが、漆塗り関連文献が少ないことは大変残念。佐藤氏の技術内容を文書化し、保存・普及するとともに、英訳版制作に協力することも、私たちの活動として検討する価値があるのではないか。●東照宮は佐藤氏、大猷院は僧侶のガイドで見学。いずれもポイントを突いた見事な解説で、よく理解できた。世界遺産などの見学には、十分な知識を持つ解説者が欠かせないと思う。日光でも観光協会のもとに「日光インタープリター倶楽部」があり、英語でガイドし「来訪者の目的や知識程度に即して解説し、その知的・精神的な向上を促す」という。アメリカではこうしたインタープリターは専門職である。●大猷院見学の際に紹介された天海大僧正の遺訓「気は長く、勤めはかたく、色薄く、食細うして、心広かれ」は、家康公の遺訓とされる「人生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず」とともに、気が短く長続きしない私にとって、今回の見学会の収穫にしたい教えである。
<松本会員>:
透塀の模様の盛り上がっているところは絵の具でさらに盛り上げ、漆でワシを貼り、金箔を貼って絵の具で模様をつける。金箔を押した長押は桐の油に顔料を入れて油絵の具にして絵をつける。湿度がないと乾かないという漆の性質に驚き、一方で雨が降ると乾きすぎるという説明になんとも不思議な感覚。一番印象に残っているのは漆を塗るときの刷毛の材料。尼さんではなく海女さんの髪で作るそうで、海の塩分が油を抜いて髪を丈夫にするとのこと。刷毛は持ち手まで通しで髪の毛が入っていて、それを切り詰めながら使っていく。今は原料の髪の毛も中国からの輸入だが、なんとか国内で調達できないものか。いつのまにか失われていくものが多すぎると感じた。
<山本会員>:
●2008年夏に初めての世界遺産検定を受験して以来、こと世界遺産について今の私は以前とは少し違うゾ、という自覚が芽生え、あらためて世界遺産を訪れたいと思っていた矢先の「見学会」に参加。案内・解説をいただいた佐藤氏からは、漆そのものについても漆塗りについても長年の研鑽から得られたデリケートなレベルのお話をたくさん伺うことができた。「漆」という漢字の偏はどうして「木」ではないのだろうと思っていた疑問も解け、この漢字のニュアンスは一樹木の名称を超えていると感じた。●工程を拝見するなか、修復作業中の女性をお見かけした。佐藤氏いわく、漆というとどうしても工芸分野が目立っている現状があり、この女性初の漆塗技術者によってやっと市民権を得た、とのこと。●今回の企画に際し、保存会との折衝、旅程のプランニング、宿泊手配等々ご尽力いただいた方々に深く感謝したい。
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次号はいよいよ最終回。WHC幹部による見学会の総括を、参加者間の親睦ぶりを交えつつお届します。
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