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■ 研究員ブログ85 ■ 推薦書取り下げを前向きに考える……長崎の教会群とキリスト教関連遺産

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春のような気持ちのよい晴天の中、
花粉と共に驚くニュースが飛び込んできました。

今年(2016年)の世界遺産登録を目指していた
「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が
推薦書を取り下げるというものです。
これは2月9日の閣議で正式に決定するそうです。

「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」は僕の大好きな遺産でもあり、
応援していたので、楽観的に大丈夫だろうと思っていたのですが、
このようなことになって大変驚きました。

長崎の教会群は、「伝来」「弾圧」「潜伏」「復活」という
一連のストーリーでのシリアル・ノミネーションを目指していました。

しかし、キリスト教関連の遺産は既に世界中に多くあるため、
長崎の教会群の特徴である「禁教・潜伏」に重点を置くべきである、
とのイコモス(ICOMOS)からの指摘があったようです。

これは近年のシリアル・ノミネーションの傾向だと思います。
シリアル・ノミネーション自体は以前から考え方としてありましたが、
「遺産としてのストーリー(物語)」を重視するように捉え方が変わったのは、
ここ最近のことです。

ストーリーが重視されると、
ストーリーに合わないものには「顕著な普遍的価値(OUV)」が
認められなくなります。
これは個々の遺産にOUVが認められるかどうか、というのとは
話が違ってきます。

極端な話をすれば、
ストーリーにさえ合致していれば、
個々の構成資産が、それ自体にOUVが認められていなくても
世界遺産には登録されるのです。

シリアル・ノミネーション・サイトとしてのストーリー全体に
OUVが認められることが重要で、
個々の構成資産はあまり重視されないからです。

これについては言いたいコトがたくさんありますが、
最近の傾向としてはそうなのだと思います。

◆ 今後に向けて

推薦書の取り下げは驚きましたが、
前向きに考えたいと思います。

例えば、今回むりやりに世界遺産委員会本会議にかけて
「情報照会」決議だった場合、翌年に再推薦できますが、
2017年は「宗像・沖ノ島」が推薦済みなので、
2018年2月1日までに推薦書を提出して、
2018年夏の世界遺産委員会で審議される、ということになります。
これだと2016年7月末以降の動き出しになり、
すでに2018年2月1日に向けて動いている他の暫定遺産に対して、
遅れをとることになり、2018年に向けて推薦されるかどうか不明です。

では「登録延期」決議だった場合、
2017年2月1日に推薦書を提出して
2018年夏の世界遺産委員会を目指すことになりますが、
半年で推薦書をゼロから見直すのは難しいので、
2018年2月1日に推薦書を提出して
2019年の世界遺産登録を目指すのが最短になります。

そう考えると、今回推薦書を取り下げて、
ICOMOSの助言を受けながら1年かけて推薦書を準備し、
2017年2月1日に推薦書提出、2018年夏に世界遺産登録、
というのが最短での「登録」には最善だと思います。

◆ 世界遺産とは何かと見つめなおす

今回、最短で2年、間があくことになりますが、
これは「世界遺産とは何か」を見つめなおす
とてもよい機会だと思います。

本来世界遺産というのは、
地元の人々にとって大切な文化財が、
その延長線上で「世界遺産」として認められるものです。

しかし、観光資源としての「世界遺産」の冠の魅力から、
「地元の人々が大切にする文化財」を抜きにして、
いきなり「世界遺産」を目指していることが多くあります。
地元の人々もよく知らないものが世界遺産になっているのです。

これではやはり、世界遺産が歪んだものになってしまいます。

石見や富士山、紀伊山地などでも、
世界遺産になってから地元の人々の生活や価値観が
大きく影響を受けてしまい、
地元の人々が世界遺産とどう向き合って行くのかが課題になりました。

長崎はこの機会に是非、
世界遺産の候補になっている教会群や集落などの資産は、
地元の自分たちにとってどういう存在なのか、
どのように関わって生きていくものなのか、
キリスト教徒以外が多く暮らす長崎でどのように位置づけるのか、
よく考えるとよいと思います。

世界遺産になることが大切なのではありません。
世界遺産の構成資産からはずれたとしても、
地元の文化財を見つめなおして、
大切に守る意識が生まれたのであれば、
それは素晴らしいことなのだと思います。

今回のニュースを見て、とても驚き、
残念な気持ちでがっかりしてしまったのですが、
気持ちを前向きに切り替えて、
2018年の世界遺産登録を応援していきます。

長崎の皆さんも、落胆しすぎず、
前を向いていってもらいたいと思います。

……それにしても、
一杯飲んで帰りたいような気分ですが、ホントは。

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