■ 研究員ブログ96 ■ ル・コルビュジエは只者じゃない。……ル・コルビュジエの建築作品
昨日に引き続き、「ル・コルビュジエの建築作品」のお話です。
「ル・コルビュジエの建築作品」は、正式の推薦名称を現段階では
「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」としています。
前回の2011年に世界遺産委員会で審議された際、
「近代建築への顕著な貢献」がネックとなり、
「ひとりの建築家に近代建築運動を集約するのは無理がある」と判断されました。
そのため、今回の推薦書では建築家個人に焦点を当てるのではなく、
近代建築の発展段階をル・コルビュジエの建築で辿ってゆくという物語で
推薦書が構成されたようです。
前回の推薦時の登録基準(i)(ii)(vi)から、
「人類の傑作」を示す登録基準(i)が外された背景にも、
「建築家個人の傑作」から焦点をずらしていることがわかります。
そうは言っても、近代建築運動の流れをル・コルビュジエの作品で追えてしまうのですから、
やはりル・コルビュジエは只者ではありません。
ル・コルビュジエは、『ラ・ショー・ド・フォン/ル・ロクル、時計製造都市の都市計画』
としてスイスの世界遺産にも登録されているラ・ショー・ド・フォンで生まれました。
ラ・ショー・ド・フォンは、18世紀に火災で大きな被害を受けたあと、
機能的な都市計画の下で再建されました。
街の主要産業である時計産業のために、採光性に優れた建物の配置にしただけでなく、
火災に対する備えや衛生面なども重視されました。
こうした、近代的な都市計画の見本ともいえる都市で生まれたことも
ル・コルビュジエの人生に影響を与えているような気がします。
ル・コルビュジエの建築作品のキーワードになっているのが、
「近代建築の五原則」と呼ばれるもの。
今回の構成資産に含まれる「サヴォア邸(写真)」において
その理念が完成形として示されていると考えられています。
「近代建築の五原則」のひとつ「ピロティ」とは、
フランス語で「杭」を意味する言葉で、
サヴォア邸のように、建物の一階部分を柱が支えることで、
空中に浮いたような軽やかな造形となりました。
これは上野の国立西洋美術館本館でも見られます。
フランスではもともと、日本の1階部分は「rez-de-chaussée」と呼ばれ、
日本の2階部分が「1階(premier étage)」になります。
「étage」とは「階」や「層」を意味する言葉で、
階段を1階分上るので、2階部分が「1階」となるのです。
ややこしい文章ですみません!
「rez-de-chaussée」とは直訳すると「車道と水平の」という意味です。
ピロティを用いて車道と水平のフロアから居住空間を取り去り、
長い歴史の中でヨーロッパの街並みを作り上げてきた、
大地に根付いたような重々しい石の建築物から、
明るく軽やかな建築物へと変化を促しました。
ピロティをもつ構造は、第一次世界大戦後の復興に向けて彼が考案した
ドミノ(Dom-Ino)システムの延長上にあります。
ドミノ・システムとは、柱と床、階段を建築の基本とする考え方です。
ここで注目なのが、ヨーロッパの建築において
長い間、重要な役割を担ってきた「壁」が入っていない点です。
ヨーロッパの建築は、
ロマネスク様式からずっと、重厚な壁が建物を支えていました。
そのためロマネスク様式では、壁に大きく弱い窓をつけることが難しく、
小さな窓で明かりを取り入れていました。
それがゴシック様式になると、飛び梁によって壁を支えることで、
壁にかかる力を分散し、大きなステンドグラスを入れることが可能になりました。
それでも、主に建物を支えていたのが壁であることには変わりがありませんでした。
ドミノ・システムでは鉄筋コンクリートを用いることで、
建物を支える力仕事から壁を解放し、柱が支える建築を実現しました。
これがヨーロッパの建築を大きく変化させたのは言うまでもありません。
壁一面を窓にして採光性を高めるような、今では当たり前の建築が、
ル・コルビュジエの考えたシステムから生まれてきたのです。
この柱で支える建築という考え方、
日本では昔から用いられていたものですよね。
日本の家屋はふすまを取り払えば、家の端から端まで開放された空間になります。
実は、日本とヨーロッパで逆の流れをしているように見えて面白いのですが、
かつて柱で支えていた日本の家屋は
最近では、2×6工法のように壁で箱状に組み立てる家が増え、
壁が支えるので、窓は小さくなります。
逆にヨーロッパの家屋は壁で支えていたものが、
柱で支える工法に移行していったという流れです。
もちろん、近現代建築は本当に多様なので、
簡単に類型化することは出来ないのですが、
ル・コルビュジエの建築を見ていると、面白いなと感じます。
ル・コルビュジエはその後も、
「モデュロール」や「無限成長美術館」などの概念を生み出し、
文化や歴史、気候風土などを、ひょいっと軽々と飛び越えてしまうような
グローバルな感覚の建築や都市計画を作り上げました。
近代建築運動とは、そういうものだと言わんばかりに。
国境を越えた近代建築運動の流れと価値を、
ル・コルビュジエの建築作品を各段階に当てはめることで証明する
今回の「ル・コルビュジエの建築作品」。
7月の世界遺産委員会で登録されるのが楽しみですね。
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